東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

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暖かい

楽健法など
まだ知らなかった
三十路にさしかかった頃
肩こりがあったりして
ときどき指圧や
鍼灸を受けに行った
路地の奥まったところに
その家はあって
目の不自由なご主人が指圧を
鍼灸は丸顔の明るい声の
その人の奥さんがやってくれる
指圧をしながら
世間話をしたりもするが
背中を押すときに
押しては跳ね上げるように
親指を離す動作を
指圧を受けながら
僕は推し量っていた
微妙な間合いがあって
吐く息と吸う息が
指の動きに
流れるリズムとなって
僕の体内にも伝わってくる
終わるときに
手のひらを
ぼくの背中に
羽毛のようにそっと置く
じわっと沁みてくる
暖かさが
五十年経ったいまも
背中に残ってる
あの感触をと思いながら
今日も楽健法をする



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「楽健法だより」第1号 巻頭詩



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パン作り

そもそもは
喘息になったことがきっかけだった
発病は父と同じ二十五歳で
夜毎咳が出るようになった

医師から
喘息ですね
家族に喘息の方はいますか
と言われて
頷いたわたしは
母にそのことを告げると
お父さんと同じだね
やっぱり二十五の時だった
と不思議を思い見る顔をした

病気は神様からの贈り物だ
などという心境になったのは
それから十年以上も経ってからだが
喘息は
もし健康だったら得られなかった
いろんな出会いを恵んでくれた

玄米を食えという僧侶に出会い
指物師だった詩人のわたしは
芝居を書いて公演しながら
額縁
彫刻
仏像彫り
玄米菜食
自然食
楽健寺と楽健法
東洋医学
丸山博
甲田光雄
アーユルヴェーダ
有害食品研究会
酵素風呂
天然酵母パン
東光寺へ止住
パソコンに習熟し
使いこなせるようになっていたので
二度目の
日本アーユルヴェーダ学会本部を担当したり
東京楽健法研究会を立ち上げる
毎月の福山と東京教室
東京のホテルで
年間通算一ヶ月は暮らしている
新聞
雑誌
テレビなどの取材
本の刊行など
いろいろやってきたものだ

ではありながら
零細企業そのままで
日曜日夕方パン種を仕込み
月曜日
丑三つ時からパン作りに工房へ入る
家内とふたりで
金儲けにはつながらないパンを
いまも作っている

生きるとは何だろう
詩を書く
芝居を演ずる
パンを作る

体解した
指物師の手は
楽健法にも
パン作りにも
そのまま通用する手で
パソコンを操作するのも
やはり子供の頃に体解した
本能のような動きが
支えてくれている

齢のことは
考えまい
今日していることは
明日もまたできるのだ

毎日は
明日もつづく


●出演したテレビ
がっちりマンデー

奈良テレビ 校区を歩こーく



| 東光寺山博物誌 | 08:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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冬景色

こころが枯れそうな眺めが
いつも通る街路で
毎年きまって繰り返される

わが友達のゆりのきが
まだ葉っぱをいっぱい広げて
緑陰をつくっている時期に
幹だけを残して
ぶざまなオブジェのように
すべての枝を切り落とす

街路樹の枝を切ってはならないと
条例を最初に決めたのは
わが古里の徳島県だということだが
わが住む町
桜井市は
伸ばしておいて
なんの不都合も無さそうな街路樹まで
年に一回かならず
無残にも切り取ってしまう

もんちっちなんて店で
パンに使う特大のリンゴをいつも買うのだが
この前の道路のニセアカシアは
先月から丸裸にされて
恨めしげに僕を見返してくる

鎮守の杜の大木を
腰から上を胴切りした神社もあって
ぼくはあっけに取られると言うよりも
怒りがこみあげてきたが
かくも樹木を虐待して平然たる日本人には
自然崇拝のかけらも無く
かような人たちが
きれい事をいって大手を振ってる
この地上から
はやく消えていきたいような気持ちにかられる

あなたは
大事な友達の木
崇拝する木をもっていますか
目を閉じれば
浮かんでくるような懐かしい大木を
友達にもっているひとは
さいわいである



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| 東光寺山博物誌 | 21:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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闇をつくる

神々の
呼びかけに
応えるものがいない

起きていることに
両手で
目を蓋ぐ

目隠しした
指の隙間から
観察して知っているのに

地に捨てた
食べ残し
地に棲む菌たちが群がって
分解し
土に戻す

福一から
飛散する見えぬものは
日も土も海も
浄化の敵わぬ
悪魔の排泄

増える




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Last leaf 最後の一葉

観音の
前に置きたる
菩提樹は
ぽとんと毎日
葉を落とし
最後の一葉どれかなと
観音さまは
眺めてる

善哉
善哉
 
落ちてのち
また生き返る新緑の
しっぽある葉の
楽しさよ

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| 東光寺山博物誌 | 19:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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楽健法元年

踏めば楽
踏まれたら健
踏み踏まれたら楽健法

楽健法は
互いにやさしく
手足の付け根
指先まで
踏んであげたらいいのです

年をとることは
だれひとり避けられないが
生老病死の四苦も
楽健法をすることで
お産は軽くすみ
老いても介護されず
疲れて帰る息子や孫たちに
笑顔で楽健法をしてやり
分からぬことにはなんでも答えてやり
近所の家から声がかかれば
出かけて楽健法を教えてあげる
家族がみんなで踏みあえば
歩けなかった人が
楽健法をできるひとになったりする

老齢社会を
みんなが健康に生き抜くために
覚えやすく取り組みやすい
楽健法を広める時代
楽健法元年がやってきました
 

※この詩は「楽健法だより」第0号2015年1月1日発行に掲載しました。
http://www2.begin.or.jp/ytokoji/rakkenho/tokojidayori/rakkenhodayori.pdf
ダウンロードしてごらんください。

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| | 16:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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鳥見山


ここは山
山というより丘か
とんこじやまと呼ばれ
ものの本には
東光寺山は
残丘とも書かれている

ある万葉集の解説本に
磐余の山は
とんこじやまのことだろう
とも書かれている

庫裏から見下ろせば
街並みは
鳥見山の麓まで広がり
朝日は
鳥見山の向こうから登って
東光寺の障子に
木漏れ日が射し込む

東光寺に止住すること
四半世紀

時の流れは
中年男を
老人の年齢にさせたが
気分は
壮年期のまま
久方ぶりに会う知友は
昔とちっとも変わらないですね
などと真顔でいう

昨日
青空に透けて見える
上弦の半月が浮かんでいて
月に重なって
伊丹空港に向かう
銀翼が煌めいていたのを見た

今朝は
鳥見山から立ち昇った雲が
街並みに被さって
どんよりと空気が動かず
背後の音羽山は
墨絵の白さで
稜線を眉のように伸ばしている

今日は十二月三十日で
餅つきの日

東光寺にご縁のある
楽健法の仲間や
アラスカの客も来て
台所は大童
三段重ねの蒸篭に
先ほどから
蒸気が
勢い良く
立ちのぼり始めた

















| 東光寺山博物誌 | 13:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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パン作りの長い一日
やっと終えて東光寺へ帰る
石段を踏みしめながら
最初の曲がり角で
わたしはきまって街を見下ろす

月明かりに
街はしんと静まっている

マニスがいたころは
ここまで甘えながら出迎えてくれたものだ
クロガシの葉群れに
月が光り
マニスの真っ黒い毛並みにも
月が落ちて光っていた

思い出はいつでも
月の光りのようにやさしい

庫裡へはいると
座敷は冷え切っているが
暖房をかけ
石段を上がってきた息を整える

湯を沸かし
お茶をいれ
小さな湯飲みに注ぐ
手のひらに
伝わってくる温もり
湯飲みを眺め
ゆっくりと味わう一服の茶

襖には
龍がいる
友人が送ってくれた墨絵
四本の足で
虚空を掴みながら
龍はさらに天の高みに登っていく

机の上の
湯飲み一個
陶器の感触から
作ったひとの思いが伝わってくる
湯飲み

龍は天を目指し
私は茶を飲みながら
こうしていまここにあることの
不可思議を考えている

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湯飲みをさきほどパステルでスケッチ

| | 16:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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明け方
奇妙な夢を見たが
これから
夢の中で
なにかをしなくてはならぬ場面で
掛ってきた電話に
夢を破られた

夢に意味があったかどうか
反芻しながら庭に出る

風止み
疎らになったもみじの枝
火鉢池の
メダカの水面を
落ち葉がすっかり覆っている

取り除こうと
右手を入れると
水は
冬の気配で
冷え性の手には
辛いほどつーんと冷たい

ここ数日
餌を浮かべてやっても
メダカが浮いてこないのは
冷え切って
運動意欲を失ったからだろう

枯葉は
庭を埋め尽くし
地面も見えないモザイク模様には
まだ熊手を入れず
しばらくこのままにしておこう

明け方の母の夢
母は胸をはだけて
半裸になって
どこか狭い部屋で
敷布団から
上半身をはみ出し
浴衣の裾で前だけ隠して
昏睡していた

僕は母に
楽健法をしようとしていたのか

朱のような肌色で
痩せた太腿は
目に眩しく生気を放ち
僕は立ったまま
見下ろしているのだが
生前母に楽健法をしたことはない
と思いながら見下ろしていた

母はいまも僕のなかに生きていて
かくもなまなましく僕の前に姿をさらしている
落ち葉を踏んで庭を歩きながら
はっとした
今日は母の命日だ

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| 東光寺山博物誌 | 22:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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目的

物作りには
完成があるが
人には
完成がない

完成したともし本人が思ったら
悟りを開いたと宣言する
馬鹿と同様で
インド思想の究極目標は
ニルバーナに置かれてあるが
目標に向かって努力しても
必ず未完におわるものだ

悟りを開いた状態を
人は夢想して
未完であることを自覚する

未完であることは良きかな
詩人は
おろかで無知で救いがたいという
未完の自覚によって
詩を書く

完成した人には
ものを創る必要などない
もうそれ以上することがなくなるからだ


未完の人が
完成するのは
全ての衣を
脱ぎ捨てた時
物言わぬ
一枚の位牌になって
線香に燻される

| | 09:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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白紙

値段の記入されていない
ビルが
席を立とうとする
私の前に置かれてある

店内は
雑談が飛び交って
詩作する
雰囲気は
遠ざかった

私は
間も無く
雲へ向かって
飛翔する
小さなプロペラ機で


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| | 08:36 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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幻雲

遠い日
未来でも
過去でもない
何処かの
遠い場所に
私は居て凝視めている

思念は距離を選ばず
時空をも超えて
私の居場所は
いつも薄明の
幻雲に包まれている

雨季のように
閉ざそうとする
天地の意志が
何処へ
私を連れ去ろうとするのか

幻雲を切り裂いて
斜光する
矢の眩しさ
全き闇に
私を包もうとする何か

泥濘に
埋もれた
沢山の手が
虚空を掴もうと
闇のなかで蠢いている

裏の竹藪がざわめき
家の前の海が
寄せては返す音が
時が流れてあることを
知らせている

私は早く来過ぎた
空港の喫茶店で
夕べわが身体に起きた闇
闇のなかで空虚になった自分を
振り返っている

雲よ
蒼空よ
曇天の運ぶ雨季よ
私を連れ去る時には
繁吹く一瞬の雨を降らせてくれ


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森田童子 さよならぼくのともだち




| | 08:10 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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出会った歌

若き日に
素通りして出会わなかった
歌手などを
いまごろ知って
youtubeで聴いている

いつごろどこに
ぼくの青春があったのか
いっぱい背負っていた
重い荷物にひしがれながら
生きていた若き日

心に沁みる哀調の歌
甘酸っぱい未熟の思いを知らず
中年の男のこころで生きていた
あの頃
なんという過酷な日々だったことか

そんなことを思いながら
今朝はマックを起動して
森田童子の歌を聴き
あがた森魚の
赤色エレジーなんかを聴いている

風が吹き雨が降り
地震があり津波があった
オリンピックや放射能
まだまだこれから荒れそうな
日本列島にへばりつきどこまでつづくぼくの明日



森田童子 さよならぼくのともだち

| | 14:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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冬に向かう

手が凍える
冷えた指先にまで
回りきらない
母胎から受けたながれるもの

四季を問わず
冷え性の私は手を擦って掌を眺めたりするが
子供のときからの
冷えが作った習慣だ

すっかり紅葉した白雲木の下で
火鉢池は枯れ葉を水面に浮かべ
餌をもって私が近づいても
メダカは水面に浮かんでこない

枯れ葉を拾おうと水面に手を入れると
冷えた私の手よりも冷たい水が
季節が向かっている先を感じさせ
水藻をかき分けるとメダカの魚体が白く光った

冷気はメダカを動かなくさせるのか
水は取り替えもしないのに
水藻の働きなのか
汚れた気配はさらさらない

火鉢池のメダカは
三年前にはヒメダカだったが
世代交代して先祖返りしたのか
白魚のような白さでなんだか脆そうだ

明日は講習会なので前泊の客がいるが
夕食にはまだ時間があって
私は白雲木の紅葉の下で
手を擦ったりしながらメダカを見下ろしている


庫裡の庭




| 東光寺山博物誌 | 18:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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辛子漬け

沢庵を
練った甘味辛子にまぶして作る
辛子漬けが好きだが
沢庵も
市販品は添加物だらけで
保存料や毒々しい黄色いものなどは
口にする気になれない

気に入った沢庵に出会えないので
辛子漬けは
母が作って常備していた
思い出にとどまっている

新潟の六日町
龍谷寺へむかし何度か訪問したが
客に出す茶に
自家製の沢庵が出される
百貫の大根を毎年漬け込みますと
方丈さんにお聞きしたが
古い寺の
夏でもしんと冷え込むような
大きな台所のどこかに
百貫の大根の漬け物樽が
鎮座している様を想像して
かような贅を楽しめる大寺の様子を羨ましく思った

ぼくが辛子漬けが好きだと知って
手製ですと
くださったひとがいて
開くと茄子の辛子漬けで
かなりパンチの効いた辛さであった
昼食に取り出して
鼻先を押さえながら頂いた
つーんとくる刺激に涙ぐむ
人は悲しくても嬉しくても辛くても
涙ぐんだりするものなんだなどと思いつつ
あ 
五観の偈を唱えないで
食べてしまった


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| 東光寺山博物誌 | 13:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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土塀と磨崖仏

紅葉を見ようかと散策して行った
東明寺の土塀を眺めて
池田克巳の法隆寺土塀という詩を思い浮かべたが
池田が眺めた終戦直後の
法隆寺土塀は
これほどには朽ちていなかったのではないか
霜柱が立って
踏めば音を立てそうに見える
本堂前の湿った庭は
猪が昨夜にでも掘り返した跡なのだ
もみじの大木が
鮮やかな赤に紅葉して
本堂の周りだけだが
晩秋の色とりどりが迎えてくれる
晩秋が訪れる庭には
冬が待ち受け
春がまた巡ってくるが
我が身に訪れる晩秋は深まるだけで
来世でもなければ春がやってくることはない

さらに足を伸ばす
磨崖仏の待つ
海瀧山王龍禅寺
門前の明るい景色から見ると
山門が切り取った奥はほの暗く
杜の闇に吸い込まれるように入っていく
不揃いの石段
参道の森林は荒れた雰囲気だが
樹齢は人間の営みの域を超えて
下界など関係なく闇を構成している
磨崖仏の十一面観音は
崖から切り離されてお堂に納まったのか
本堂の建物に取り込まれて
ご本尊に祀られている
右脇には不動明王
蝋燭の炎に照らされて
優しい風貌を
こちらに向けている
おんまかきゃろにきゃそわか
真言を唱えて無心になる
仏や神におねだりなどするものではない
サンクチュアリに鎮座まします
動けない神や仏には
そこに居てくださって有り難うと
お礼を言って失礼させていただくだけだ
紅葉の動かぬ寺の土を踏む

 土塀
磨崖仏













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大寒

 ※ この詩は十年以上も前かと思いますが、日本未来派に発表したものです。
 ときどき流れてきて記憶していたある歌の冒頭に「大寒町の、、、、」という哀調を帯びた歌があって、そのおおさむ「大寒」という語彙に惹かれるものがあって、そのインパクトから、「大寒」というこの詩を書いたのです。それがあがた森魚の歌だと知ったの今日のことで、赤色エレジーをyoutubeで聴いていたところ、大寒が出てきて、ああそうだったんだと納得した次第でした。詩は書き下ろしでなく、再掲ながらあがた森魚の大寒を聴けるようにリンクしてアップしました。


  大 寒 

冬になると
ぼくは崖っぷちに追いつめられたような
うれしくないゆめをみる
転々と一家でさすらっていて
水もトイレもなんだかままにならず
現実には存在しなかった奇怪な場所
床が傾斜したぼろぼろの家で
つぎつぎとカーテンや扉をあけてそれをさがしている
尿意がいざなってくるそのゆめからさめて
あ、ここにいた、とぼくはおもう
再眠がなかなかやってこなくて
こんどはめざめたままでゆめをみている
ゆるやかに起伏する丘
眼路のかぎり森は広がり
濃紺に輝く山が裾をひろげている
そんな風景がめざめたゆめの底によこたわる
幼時三輪車をこぎながら眺めたふるさとの風景だ
まんまんと水をひそませた田園を歩いて
縄文のひとのように野草を口にふくんだりした
記憶のなかの風景にさらに絵の具を重ねて
みている画布は
もうなくなってしまった場所にある
東光寺の杜を寒風がわたって木々を揺する
冷え込んでくる大寒の朝
不幸なときにしあわせをゆめみるひとのように
マニスとソの字にならんで
いまいちどねむりに落ちていく



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おお大地よ


光があって
認識しているもの
闇を経て
そうかと納得出来るもの
あるのに無いと思ってるもの

ひとは神を創造し
その神が
無空から大地を作り
土や塵から
ひとを創造したと想像した

その神は人間を護ってるのか
人間こそ創造した神を
守らなくてはいけないのだ
神の作りたもうた大地
サンクチュアリィを汚したりしないように

白砂青松の景観を遮るような
巨大な防潮堤を作ろうと考える
被災地の行政に
抗議の署名活動があって
iPhoneのボタンを押したりする

巨大な津波を
感動してみんなで観察出来る
安全快適な生活空間を計画する
そういう計画を立てるような
愉快な政治家が出て来ないだろうか

私はいま
この時点に活かされていて
ひとが歳月をかけて作り上げた
飛行機や新幹線や地下鉄に乗って
iPhoneを開いたりしながら移動している

地下鉄の轟音に包まれて
下車駅を気にしつついまこれを書いている
詩はだれの役にも立たないか
立ち上がった私の背後から
神が微笑しながら読んでくれている



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ふたつの影が
寄り添って
夕陽に伸びている
結んだふたりの手も
夕景の道に貼り付いている

陽が落ちても
影は大地に焼き付いていて
多くの靴が
影を踏んでいっても
二度と消えることはない

老いさらばえた白髪の詩人が
夕陽のなかを歩んだ夕方を思いだすと
道に焼き付いた影が立ち上がって
目と目を合わせながら
尖った三日月に向かって歩きだす



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| | 22:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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掌に

握りしめたる

運命を

味わいつくし

旅に出る

朝に咲けよ

朱き花々

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流れながれて

まだまだこれからだ
なんて思ってるうちに
非情にはやく
歳月ながれ
終わり間近いこの齢

生まれは昭和の二桁はじめ
戦争あって負け戦
半端に育った軍国少年
生まれた四国の小さな家を
一家で捨てて流転した

浪花節かよこの年に
なってもいまだに少年で
損得計算できぬまま
人に請われてあちこちへ
新幹線や飛行機旅

時折開くパソコンの
ユーチューブで聴く音楽は
あがた森魚や森田童子
暗い昭和の歌ばかり
今朝も聴きつつ旅支度

間もなく出かける時間だが
荷造りなんだか納得いかず
入れた荷物をまた出して
片足だけの靴下で動き回っていたことに
やっと気づいて履きました


| | 10:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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書く


いい詩
暗い詩
明るい詩
詩を書きながら
泣いてます

たとえ昨日がなくっても
明日という日がなくっても
万年筆は過去の枝
マウス握って右左
いまこの瞬間に生きている

詩人の瞳輝いて
たとえ現実暗くとも
虚構に描く詩のなかで
可能性の感情を
胸に感じて書いている



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望遠鏡

子どもの頃から
想像していることだが
生まれたばかりの赤ん坊は
母親の乳房しか見えず
日にちが経つにつれて
顔が見え
やがて数メートルさきの
背後の壁や天井も見え
父親や祖父母の顔も見えるようになり
他人の顔も見えるようになる

生まれてから
長ずるにしたがい
遠近の距離が伸び
十メートル
百メートル
千メートル
水平線や地平線まで
見えるように
目が発達してくるのではないか

自意識をもって
ものを考え
直感もはたらくようになると
視力に洞察が加わって
他人のこころのなかも
手に取るように
見えるようになってくる

視力は数字だけで
計量するものなんかではないだろう

見る
感じる
把握する
哲学もするような目

望遠鏡なんかでは見えない物
それが見えるようになったとき
ひとは人間になる

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神話

謎が歩く
問えば誰かが
答えを出してくれるわけではない
無明という
無知ともいうが
繁茂した山に迷い込んだまま
出てこられない魂がある

自らを
用無しだとして
果てていった
親しい人たちがいた

いやそれは
正確ではあるまい
無用の人でなく
そこに不可欠の人として
存在していたことを
僕は知っている

自分を拭い去って
掻き消して
異次元の何処かへ
行ってしまおう
そんな強い意思が
なぜ
あの人たちを捉えたのか

無縁の人が
何処かで死んでいっても
天も地も
また人も
あるがままだ

あってもなくてもいい
そんな人生に
存在の意味があるのか

経典も聖書も
自問自答に
深く応えてくれるわけではない

心通じていたひとが
ある日
不意に消える
鉄路だったり瓦斯だったり

知らされて自覚する
非力なるいきもの

不断の日々
一本の電話が
鉄路に果てた人の
終焉を伝えた時
残されたものに劇が起こる

消しようのない痕跡が
ガラスに付けた傷のように
尾を引いている

僕もまた
幾たびも輾転反側したものだ
この不条理な与件に置かれてある
忌まわしき日々

だが僕はそうはしなかった
心に勝る身体の意思が
次へと突き動かしていたからか

座る
ここにいるのは
遺伝子のままのわれか

互いに
苦悩を交換しながら
僕の前を通り過ぎて行った
人と人

樹々のそよぎや
小鳥の声が聞こえなくなってしまい
僕の耳が閉ざされた時
僕は見るのだろう
延々と生き続けてきた人間が
明日からも永遠に
救い難い思いを抱きつつ
また一から人生を始めていく様を


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家族の肖像

今は昔
雨漏りがする平屋の家屋が
二階建ての家に挟まれて
身を竦めるように建っていた

家には
物心が付いたばかりの
幼い男の子がいて
姉がいて
父と母がいた

こうした家にも
節気には仕来りがあって
年の暮れには
座敷の棚に
柳のふた枝が結び付けられ
紅白のピンポン玉のような餅菓子が飾られ
滅多に冗談も言わない父が
それを作り眺めては
黙って主の定位置に戻っていく

親父というのは
雷が形容詞についていたものだが
わが父も
時々は雷火となって
家族を翻弄する

かくあるべしという
一筋の信念に
妻や子のざらっとした不用意が触れると
火を噴くことになるのであろう

小柄な痩せた男の
どこに潜んでいたろうかと思うような
エネルギーが
小さな家の屋根まで吹き飛ばしそうに
破裂するのである

神も仏もいないと確信しながら
神棚に餅を供えたり
注連飾りをつけるのは
身についた習俗ゆえであろうか

僕は父の死んだ齢を越え
かつて父が苦しんだ宿痾を
遺産に貰ったので
昨夜も羅音と咳に目を覚ました

父母の恩
重きこと限りなし
理屈でわかる人の有り様と
生身に受けた
雷雨の記憶がせめぎあっても
思い出すのは
小柄な男が
居間にちんと座って
私を見ながら微笑している姿である





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心臓

心の奥には
こどもの見る夢のように
捉えがたいものが
心音のように働いていて
ぼくをつき動かす

夢は
月を串刺しにして
いくつも空に
浮かべている

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途上

蜘蛛よ
お前は脱け殻なのか
亡骸なのか
干からびて
Macの上で
問題を
投げかけ てくる


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| 東光寺山博物誌 | 14:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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折れた日

太陽の軌跡を頭上に受け
朝が来て
夕方がやってくる
陽は眉山の後ろに沈んでいくが
日暮れて
暗闇にくるまれると
わけもわからず
こどもは涙をながす

今日はあるが
昨日も明日もない
一昨日とか明後日などという自覚もない
来る日
去る日を
ただ生きていただけではないか
こどもというのは
そういうものではなかったか

日常というものが
異常にかわった
大きな戦争になったことも
不思議とも思わず
隣の家の
顔だけ知っていた兄ちゃんが
海軍で戦死したと聞かされても
白いエプロン姿の
そのお母さんが人目を忍んで泣いているのも
こどものこころには
不思議のひとつでしかない

なにが
どのように
流れているのか
時代は
なにを企んで
大人達を家庭から奪い去っていくのか
日が昇って
西空に沈んでいく時の流れに
こどもは身をまかせているだけだ

小学校が
国民学校と呼ばれるようになって
こどもは入学した

いちばん背の低いこども
五十人の級の
小さい順の真ん前に並ばされて
校長の入学式の訓示を聞かされる

講堂の正面には
左右に開く扉があって
重々しく開かれると
勲章やら飾り紐だらけの
中年男とその夫人
御真影が生徒を見下ろしていた

禮と号令をかけられて
腰を曲げて
深々と四十五度に遙拝させられる

校庭の朝礼では
東向け
と号令を掛けられて
はるか東京の二重橋の向こうに住む
御真影の生き神さまに遙拝した

式があるたびに
聞かされる教育勅語
朕思ふに云々を聞きながら
こどもは
御真影はただの写真だし
神様だっていうが
あの人は糞はしないのだろうか
どう見たって人間なんだから
糞だって
おしっこだってするはずだと
あのズボンをずりさげて
座っている御真影を想像していた

戦争の推移は
大本営がラジオで発表した
負けを知らない大本営は
夜毎ボンバー29が飛来してきて
日本の都市を焼き払っても
日本は神の国だから
神風が吹いて
野蛮なる米英鬼畜は
一気に殲滅する時がやってくる

食い物も乏しいこどもも親も
神風が吹けば解決する
それまでの辛抱なのだと
飛来するB29の爆音が通り過ぎるのを
怯えながら待っている

わが町に爆撃があって
町が灰燼と化し
広島に新爆弾が落とされて
その威力が喧伝され
いままでの防空壕なんかでは
とても家族は守れない
そういう情報が
大本営でないところから伝聞され
こどもの親は
新爆弾に耐えうる壕を作るべく
晴れた8月の朝から
鶴嘴とスコップで壕作りに取りかかった

父が朝から頑張って
大人の背丈ほども掘り進めたとき
こどもは父に質問した

 でもこの穴の真上にもし新爆弾が落ちたら
 助からないのじゃない

父の癇癪が爆発した

 お前はそんな目に遭いたいのか

汗を拭うためにバケツに汲んであった水を
父はこどもに頭からぶちまけた

昼頃に玉音放送があった
雑音が混じって
なにを言ってるのかよく分からなかったが
御真影の男の声だとこどもは理解した

戦争が終わったんだよ
と母がつぶやいた
父は掘っていた壕を埋め戻した

焼け残った我が家の向こう
町は廃墟になっていて
焼けて赤くなった瓦と壁の
盛り上がった地面には
ところどころ
雑草が芽を吹いている
八月十五日
雲ひとつない蒼空だった


日没の東光寺裏山


| | 20:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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日暮れの墓標

眉山を
猿のようにすばやく山道を駆けめぐって
ぼくは山桃の熟す木の場所や
朝早くカブトムシが集まるところも知っていた
祖母は神様の居られるところを知っていて
岩壁の上に祠を祀っているので
そこへ参拝してから
松葉や薪を背負って山から帰って来る
今朝は山道をふさぐように
山の主のくちなわがねていたので
声をかけてまたいで通してもらった
などと話しながらご飯を炊く
竈で松葉を燃やすと
ぱちぱちはじける音がして
葉の香りが座敷にも漂ってきた

遠く東の山に日が昇り
裏山に日が落ちる

夕陽が町を煉瓦色に染める日暮れになると
ぼくは泣きじゃくるのだった

家の傍に一抱えほどの太さの
杉の木の電柱が立っていて
同じ太さの杉の木が
トの字の二画目を伸ばして地面に埋めたように
電柱のつっかい棒に使われていた
日がな
太陽を浴びていた電柱のつっかい棒に
少年のぼくが抱きつくと
電柱はあたたかくて気持ちよく
ぼくの包茎がかたくふくらんでくるのだった

電柱の傾斜に背中をもたせかけ
夕焼けを見上げていると
空想や幻想がひろがって
ぼくがいるところは巨人の腹のなかで
巨人の腹のなかには
日も月も地球も家も見えている通りの宇宙があって
そこにぼくはこうして生きている
ぼくの腹のなかにも宇宙があって
ひとびとが住んでいて
そのひとりひとりの腹のなかにも
同じように宇宙が広がっている

眼を閉じて
柱のあたたかさにうっとりしながら
ぼくは想像を広げる
この島の
どこまでも続く海岸線を
生まれてからずっと
ぼくは休むことなく歩いている
白砂を踏みしめる感触が裸足の足裏に快い
貝殻の数々
打ち上げられた海草
磐笛になる孔のあいた小石
岩礁に叩きつけられて落下する波浪
海は
死と再生の場
いのちの母胎であり
終焉の墓場でもある

海を眺め
星や月を眺め
太陽がぼくを焼き尽くすのを恋いながら
炎天下を歩いていたりもする
松原の木陰で
吹きすぎる風を受けながら
お前はなぜここにいるのか
お前はなぜお前なのか
自問するぼくがいるが
応える声はどこからも聞こえてこない

手足が凍える季節にも
日だまりのあたたかい柱は
ぼくの居場所だった
斜めの柱に抱きついて
日の温もりが伝わってくると
ぼくの包茎は勃起して
身動きのできない想像の世界へ旅だっていく

夕暮れ
電柱にそっと触れ
また来られるだろうかと思いながら
さよならをする

死んだときに
葬られる墓標が決まって居る人は幸いである
先行きが案じられてならないひとは
自分が葬られる場所をもっていないからだ
人は空に浮かぶ雲のように
あてどなく浮遊していて
明日のことも明後日のことも
たったいまの自分がだれなのかも
わかっていない

いまはなくなったあの町並み
電柱を支えていたトの字の二画目の柱も
いまはないが
ぼくがこうして目を閉じれば
あの電柱の温もりが胸にいまも残っている










| | 23:37 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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汲む

朝からなんども
死んだ人を思い出して
記憶のなかで
話しこんだりしている

おとといの舞台の名残か
本当はそうではなかったのに
母親が空襲で焼け死んだという話を
語り部のごとく演ずるので
母もときどき面白がって
あの世から見物にやってくる

人情家の母は
息子が書いた架空の母の
哀れな最期に同情して
涙をながす

ぼくはバーンアウトした母を
あのように芝居に登場させたが
あれでよかったのかどうか

父は哀れな狂った父となって登場し
妻の焼け死んだ地面に
鶏頭の花を育てて
雨が降るのに
傘をさして如雨露に汲んだ水を
鶏頭の花に注いだりしている

焼け跡とか
焦土になった日本の風景とかが
想像すらできない人びとに
ぼくは
生々しい戦争の悲惨な実態を知らせようと
がらんどうは歌うを書いて
演じ続けてきた

ありありと見えてくるもの
いまはなきはるかな時空なんかではない

衝動に駆られて
姉を抱きしめたあの青年の思いは
永遠に消えていくことはないだろう

怒りも放棄し
愛を伝えるすべも知らない人が
かくなる芝居から
何かを汲み上げることがあるだろうか

だが
すこしニヒルな
アンニュイをたたえた顔をして
ぼくはまた演ずるだろう
ぼくより先に逝った
父母や姉の思いを伝えるために



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| | 18:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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揺蕩う

夜っぴて吹きすさぶ風が
闇を一層深くし
庫裡の屋根に
木霊が降りてくる

小学校に入る前から
祖母ヨウのところに泊まりに行ったが
裏庭の竹藪のさざめきが
悪霊を運んでくるしるしに思われて
おびえがぼくを縮こまらせ
祖母にしがみついて寝た

祖母はたぶん六十代の半ばか
両太腿で
冷え切った僕の足を温めながら
夜風におびえる魂を癒やしてくれる

祖母の家の便所は
竹藪が傍まで迫って
雨戸のない廊下へ出ると
暗闇で揺れる竹藪は
長い濡れた髪を垂らした女のように
僕を脅かすのだ
なんどか小便に起きたが
祖母は一緒に起きて見守ってくれていた

このところ頻尿だったりして
眠りが浅く
じきに便所にいる夢を見る
さまざまな場所の便所が現れ
祖母の家の便所にも
竹藪に迎えられながら
夢のなかではなんども訪れる

夢のなかの便所では
決して果たすことはできず
床が傾斜していて立っていられなかったり
カーテンに仕切られていて
めくってもめくっても
まだカーテンに隠されていたりする

昨夜の夢のトイレは
六畳ほどの座敷の壁際にある便座式で
僕はそこに座っているが
便座の下に穴はなく
ベンチに便座がおいてある風なのだ

腰掛けている便座の足元に
白い布団が敷かれていて
頭を向こうに誰かが寝ている
それが父親だと僕には分かっていて
どうして父がここにいるのか
何故父の足元へ腰かけて
僕は小便などしようとしているのだろう

夢のなかで便所探しをする
揺蕩うわが老年期
哀れな老人が僕なのか
目覚めて便所へ行きながら
僕はいまも夢のなかでは子供のままなのか
などと自問する

夢から解放され
庭に出て登る朝日に手を合わす
見上げる杜は
木の葉の大きなドームになっていて
そこに立って心を澄ますと
くろがしの木霊が息吹きをかけてよこす

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| | 20:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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崑崙の朝顔

崑崙から送られてきたという
珍しい朝顔の種を
その新聞記事と一緒にいただいた

崑崙といえば
孫悟空となにか関係がありそうだと思いながら
10粒の種を
ティッシュペーパーを下敷きに
水に浸して4日目
白い毛根が殻を破って吹き出してきた

堆肥と酵素風呂の粉を土に混ぜ
種をそっと並べて表土をかぶせておいたら
三日後に
双葉の芽がふたつ
姿を現した

翌日
本堂の前に鉢をおいて
じゃねと声をかけて
九州へと旅だった

博多の空は
孫悟空も喘息を起こしそうな
中国渡来の大気汚染に靄っていて
雲はないが青空はない
視界は2キロぐらいか
近くの山脈も霞んで
雄大な自然も
薄紙の向こうにあるがごとくだ

昨日のfacebookでは
茨城に光化学スモッグ警報が出てると報告があった
見えない放射能のことは評価のしようもないから
情報は一切流さないという政府は
この見える大気汚染も
解消しようがないので騒がないのだろう

朝顔の葉が
大気汚染の観察に役立つなんてことを
これを書きながら思いだしたが
染みが入った朝顔の葉が
満艦飾になったところで
どこへも隠れようがないのが
暮らしというものだ

旅から帰って
出迎えてくれた朝顔の元気そうな苗を見ながら
和尚は
筋斗雲に乗って飛翔できない
地についた人間の暮らしに
あらためて思いを馳せる



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| 東光寺山博物誌 | 10:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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朝の珈琲

Sumatraという袋を開けると
珈琲豆の香りがひろがった
40年以上も使ってる
手回しの機械に
三杯分の豆を入れて挽く
ひろがった香りに
木漏れ日のようなやさしさがあって
旅の土産にくれたひとの
こころばえを思いながら
朝の珈琲を飲む
朝刊もあまり読まなくなってきた私の前の
マックのノートのskypeに
笑顔があって
珈琲を楽しみながら
日曜日の朝がはじまった



| | 09:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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無患子の歌

毟られた無患子の苗木の先端から
三センチばかり伸び始めた新芽を確かめて
水曜日から月曜日の夜まで
東光寺を後にした

福山経由で上京し
東京のふたつの講座を無事すませた
美味しんぼの原発鼻血の感想なども質疑にあがって
いまの時代の空気では
たぶん敵視されそうなラジカルな発言をしたりする

いま風評被害さえながさなければ
必ず起こるであろう未来の悲惨には
見ざる言わざる聞かざるの民であれかしと扱う
意識の低い政治家を選んだのも
民そのものであって
お前の敵はお前なんだということに気づかないまま
隣に暮らしている非力者同士が
いがみあったりしているのである

無患子の芽が
どれくらい伸びたろうか
などと思いながら
東光寺へ帰った

日没の遅くなった昨日は
七時半ごろまで明るかったが
すっかり暗くなった八時過ぎに帰った
本堂前の無患子に
車のキーに付けてある小さな懐中電灯を向けると
無患子の芽は
三本の長い枝のように
腕を広げていた
たっぷりと手水の水を杓で掛けてやって
お休みと声をかけ
庫裡の戸を開けて部屋に入る

ずしんと身体の芯に疲労感があったが
無患子の伸びた様子が
心に新芽を萌えさしている

今夜は
ぐっすりと
安らかに眠りにつけそうだ
有り難うおやすみと
だれにともなくいって眠りにつく


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毟り取られてから三週間後に伸び始めた新芽、5/14撮影


写真 1
伸びてきた本堂前の無患子 5/20撮影

写真 2
無患子の手首用数珠 これを入手したのが無患子を植樹するきっかけになった






| 未分類 | 09:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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二上山

夢のなかで
繰り返し訪れる場所があるのだが
一度も行ったことがないのは確かな場所だ

どこかの家屋の前にぼくはいる
冬なのだろう
小さな日だまりに
蹲って
地面に棒きれで線を描いている
知らないこどもがいて
やがてぼくを見上げて
これでいいだろうかという
ぼくが頷くと
絵を残してこどもは走り去り
ぼくはその絵を眺めている
一本の線がどこにも交わらず
迷路のように描かれていて
その線を目で追っているうちに
いつしかぼくは
その迷路に入り込んで彷徨っている

ここはどこだろう
出口はどちらだろう
永遠に出られないのではないだろうか
あせりながら
迷路を遮二無二駈けていると
手足がスローモーションになって
ふわっとからだが宙に浮かんで
すとんと落ちる

あっ夢だったんだ
とあたりを眺めてみると
そこは山道で
風が木の葉を鳴らす葉擦れが聞こえ
足元に陽が差してくる
夕陽がまもなく落ちるのだ
ぼくは茜の大きな太陽を凝視める
太陽はぐるぐると光を右回りに渦巻きながら
二上山の窪みに沈んでいく
暗闇が山に覆い始めたところで
夢から覚める

あそこはどこなんだろう
迷路が待っている
夢なじみの
見知らぬ場所は

一昨日叡福寺へ久しぶりに行った
西方院の坂道の上に立って
目線で坂を下り切って
そこからは登りになる
叡福寺の石段を眺めていると
不意にそんな夢のことを思い出した

東光寺山から
眺めている夢のなかの夕陽は
ちょうどこのあたりへ
落ちてくるのだろう



東光寺山の路

| 未分類 | 00:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ある別れ

諷誦文

敬白 
それひそかに惟るに
ことばはこころであり
こころはことばであった
ことばはいのちといのちをつなぎ
家族から知人
知人から見知らぬひとへと
息吹きをつたえ
思いを伝えて
人間のかそけき営みを
共有のものにしてきたものであろう

また行動はことばであった
行うところをみれば
ことばとして
ひとびとはそれを受け止め
自他ともに
行動を通じて
思いを知ることにもなった

ひとりの長年の友人
親しく私を弟とも呼んだあなたは
わたしになにひとつことばは残さず
わたしは悲しいひとつの結末から
あなたのこころを忖度する仕儀となって
途方にくれています

あなたはことばをこえて
わたしに絶句を要求するのです

わたしにはあなたの声を聞くに
耳がなかったのです
あなたのこころを受け止めるに
こころがなかったのです

いまこの席にわたしが坐るのではなく
わたしはあなたに
健康法を行ずるひとりの人間として
もっとかかわらなかったことを悔やみます

かつて舞台をともにこしらえました
あなたの演ずる芝居を
袖からなんどか凝視したことがありました
ひとりの舞台監督として

また人生を論ずる相手として
貧しいわたしは
なんどあなたの財布をあてにして
珈琲のテーブルを挟んだ事でしょう

さもあらばあれ
とわたしは強いていわねばなりません
あなたはくりかえしくりかえし
考えてきたに相違ありません
自分の人生の在り方をです
また家族の在り方をもです

わたしはあなたの選択を
決して肯んじるものではありません
われわれに耳がなかったのかも知れないが
あなたはもっと大きな声で
伝えなければならなかったのです
わたしの耳にも確実に届くように
わたしには
そういっていい権利があるように思いたいです

なつかしい友
こころからかたときもはなれることはなかった友
いつからか無縁のひとのように
こころを閉ざしていた友
わたしはあなたになんにもしてあげられなかった
しかしあなたの家族は
あなたのために懸命に踏ん張っていましたよ
このことはあなたも十二分にご存知です
だからこそなんだったのでしょうか

やすらかに存分にお休みください


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| | 19:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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白湯

見上げると
黒ずんだ天井の太い梁
梁を支える柱に
細長い鏡がかかっていて
だれかが部屋を横切る度に
鏡がかすかに揺れ
なかからだれかが僕を覗いている

小便に起きようとした僕は
鏡の奥の暗闇が怖くて
母を起こす
母は立ち上がって部屋の電灯をつけ
はいといって見ていてくれる

廊下のくらがりに
部屋の灯りが漏れて
開け放った便所に
斜めに光が届く

僕は震えながら小用をすまし
部屋へ逃げ込む
布団を目深にかぶって
そっと鏡を見る

鏡にはだれもいない
天井の梁も
闇に溶け込んでしまい
僕はふたたび眠りにつく

まな板がことことと刻まれる音を立てて
早朝に母が台所で立ち働いている
竃の煙が部屋にも巡ってくる
三つ並んだ竃の右端では
大きな鉄鍋で白湯が煮えたっている

父祖伝来の習慣で
竃に薪を絶やしたことがなく
我が家では鉄鍋の白湯が年中沸いている
近所の子供が
どぶにはまって汚れたりすると
ここにいつも湯があることを知っている母親たちが
バケツを下げてもらい湯にきたりする
急須の番茶も
柄杓で鉄鍋から汲みあげるのだ

先日
庫裡に小型のガスストーブを購入した
おおきな薬缶を載せて
白湯を沸かしている

人がやってくると
まず白湯を差しあげる
湯気の立つ熱い白湯を眺めながら
鏡の奥から覗くだれかや
天井の黒い太い梁を思いだし
一日に何度も
白湯を飲んでいる






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| 東光寺山博物誌 | 21:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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雪が降る

窓を叩く音
後楽園球場のドームが見える窓に
風に叩きつけられ
くっついて流れ落ちる白いもの

さっきまで夢を見ていた
疲れた足を引きずって
空襲を受けた焼け野原を歩いている僕
一望家屋なく
かつての街に道路だけ残して
赤く焼けた壁土と瓦が
わずかに盛り上がっている焼け野原
拾い集めたトタンを組み立てたバラックで
人が暮らしていた時期があった
頭が支えそうな低いトタン屋根は
釘の穴があいていて
寝転んで見上げれば星のように見える
母は夏布団をかけて伏せっていて
父が母をのぞき込んでいる
どうかしたのと聞こうとして目覚めた

ホテルの窓から
雪が降る
東京の街を見下ろす

降りしきる雪が視野を遮り
夢のような記憶のなかへ誘われる
ぼくは空襲で焼け野原になった
故郷のあの夜のことを思い出していた
迫ってくる火の手を見ながら
さっさと逃げろ
父が大声で僕らに怒鳴り
僕は両親も姉のこともすっかり忘れて
弟と手をつないで必死に走った

七十年の歳月が流れたが
あの日を忘れないために
いまだに一人芝居を演じて
人間がいかに時代に流されていったか
語り続けている

がらんどうは歌う

だれもが通り過ぎるだろう虚と無
あまりにきびしくしかも甘い心のゆらぎ

雪が降る
天から降りる白いものは
ひとを静かに
記憶の塔の
取り戻すことのできない
高みに吸い上げていく

















| 東光寺山博物誌 | 18:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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冷え込んだ朝に

ひとがだれかと出会うのは
偶然のようだが
挨拶を交わしてそれっきりという
行きずりではなく
その後の人生に
大きな影響を及ぼす
出会いもある

生まれ落ちた自分の生家は
選択を許されない宿命には違いないが
ひとは長ずるにつれて
巣立ちする小鳥のように
羽ばたくようになってくるのだろう

だれかと出会うということは
いのちを統べる大きな意志の媒介かも知れない

閉じこもってしまうひとや
病気に逃げ込んでしまう
いかにももろいひともたくさん知っているが
どんなひとにも
自分を変革できるような機会が
見えない源流から流れてくる

ぼくが抱き続けていまだよく分からないのが
ひとは何故そこに住んでいるのか
なぜぼくはここにいるのか
はじまりはどこにあったのか
という素朴な疑問である

1976年の桜の季節
観心寺の如意輪観音のご開帳日に
門前の阿修羅窟で出会った
丸山博との出会いも
束の間の挨拶に終わっても不思議ではなかったが
話し込んでいるうちに
その後の僕の人生を大きく変革する出会いだった

アーユルヴェーダ研究会と有害食品研究会
ふたつの事務局長を引き受けることとなった出会い
真言密教の沙弥であった僕に
親しくなった師は
君は僧侶だろう
不惜身命なんてこと知ってるよね
などと冗談をいいながら
大きな負担でもあったが
得がたい鍛錬と学習の場でもあったのだ

インド医学や
日本の医学の現状
進歩し続けてるという科学や医学の幻想
ひとが凭って立つ地面の不確かさ
曖昧なものさしを持って尺度とすることの愚かしさ
そういうことを
身をもって学んだ出会い以後の人生だった

楽健法と天然酵母パンを生業としながら
僧侶の本分とはなにか
などと自問しつつ歩んだ後半生

さて
と僕の思考は立ち止まる
これでいいのか
全うしているのだろうか
もっとやるべきことが待っているのではないか
などと自問しながら
インドのマナリ
レーリッヒの終焉の地
ヒマラヤ山系が見える写真を
デスクトップに貼り付けたパソコンに向かって
こんなものを書き連ねている

旅支度は整った
数日間の小さな旅 
福山から東京へ
いまから出かける

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丸山博先生


丸山博先生の文献・社会医学におけるアーユル・ヴェーダ研究 の現代的意義 丸山博




manariレーリッヒ終焉の地 マナリのホテルからヒマラヤを望む

| 東光寺山博物誌 | 11:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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時の埃

十代の頃
五十五円で三本立てなどという
場末の映画館にうつつを抜かした時代もあったが
ひとびとが昔のように
映画をあまり見なくなったいまでは
映画館のスタイルはすっかり様変わりしてしまった

エレニの帰郷という映画を観た
帰郷とは懐かしい響きの言葉だが
テオ・アンゲロプロスの
時の埃という原題の映画は
エレニの帰郷として上映されていた

帰郷する懐かしいふるさとをもつものはさいわいであるが
私が展墓に帰郷するふるさとは
眺めて止まぬ懐かしい場所ではない
戦争の惨禍を受けて
半世紀以上にわたる時空を彷徨うことになった
出発の地だ

映画は時の埃をはらって
ギリシャやシベリアやアメリカで生きた
エレニの姿を点描する

エターナルトライアングル
それがなければ生きられなかったろう
追い求める愛の不毛を
愛の空しさを
愛の真実の那辺にあるのかを描いて見せる

時代を動かした
スターリンが死んだ日に
やっと巡り会えた恋人と引き裂かれて
シベリアへと拉致されていく男と女

ぼくは
スターリンの死を
ラジオが報じていたのを
なぜか安堵した気持ちで受け止めた日のことを
漠然と覚えているが
映画では
ロシアの辺境の広場
スターリンの銅像の前に
群衆が集って泣いている声が聞こえてくる

男の背中しか写さないクローズアップ
窓越しの背中の向こうにエレニが立って
他の女と暮らしている男を見ている

歳月は多くの謎をつくる
探し求めた男は
長い歳月のうちに
記憶のなかで時を埃に埋めたのか
全うできないもどかしい人生をいきて
男と女が
ふたたび巡り会って
あらたな伝説をつくるのか

合わないモザイク模様を見せながら
二十世紀の終焉とともに
なにかが確実に死んでしまったことを描いたように
テオ・アンゲロプロスは
不慮の事故で
粉雪の舞う時空へ姿を消していった



聴いてみてください。悲しみが指からしたたり落ちるような哀しい美しい音楽を。



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存在と時間

黒猫の歩みのように
闇が
霧が張ったように
本堂に立ちこめはじめると
花を持った少女が
仄明かりに
浮かび上がり
時間を止めてぼくを見下す

今春
また誕生日がやってきて
思いがけない場所で
ケーキを出してくれたひとがいて
ローソクの灯りを吹き消したりしたが
秒針のセコンドのリズムに乗って
ぼくは現在を生き
自覚しない変化の乗り物で
どこかへ運ばれている

時間はいつも
謎の女の微笑のように
ぼくを悩ませてくれるのだが
まいにち生きて
なんじゅうねんも
きのうの続きを生きているだけのぼくに
赤い花をもった少女は
問いかける
あなたは何者か
どこから来て
どこへ行くのかと
だれも解き明かしたことのない
存在の不可思議を
ぼくに問いかけるのだ

きれいはきたな
きたなはきれい
だれもがふたつの影をもち
あらゆるものは坩堝のごとき
この世に存在する

少女が
両の手に捧げ持つ花は
やがてしおれ
闇に落ち
地下に消える

1970年
ぼくの誕生日に
西宮の彫刻家
渡辺宏のアトリエにいて
十人ほどで
氏の快気祝いをしていた

不意にお経が聞きたくなったぼくは
同席していた僧侶に
無理を言って声明を聴かせてもらった

その刻限に
30歳の義弟が
三人の幼子を残して
交通事故で死亡していた

渡辺宏さんの個展に
制作された作品を
黒猫がらみのお世話をした謝礼にともらったが
素材の樹脂が発する臭いが強く
身近に置けなかったので
二十年以上も
本堂の庇の下に
落ち葉に埋もれながら
寝かせてあった

一昨年
夢に少女が現れたので
ぼくは下ろして少女にまみえ
まだ樹脂臭が抜けないので
ブロンズに置き換えて
本堂の柱に安置することとした

彫刻の師であるだけなく
時間も気分も共有した
懐かしい思い出を花に託して
切り取った曼珠沙華を
少女の両手にもたせる
 
なぜここにあるのか
意志をもった
時を共有する一個の存在として
ぼくが向き合うとき
時は
漣のようにゆれながら
闇をつつみこむ




th_P1030224.jpg
ひとり芝居「がらんどうは歌う」公演の本堂


P1030222.jpg
花を持った少女が 仄明かりに 浮かび上がり 時間を止めてぼくを見下す

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長夜への道

風はいつも逆風だったか
夜明け前に起きだして
エンジンをかける音がする

中央市場の
間口一間ばかり
足の踏み場もない空間に立っていた君

魚の匂うコンクリートは
凍てついてすべりやすく
こわごわ歩むぼくの姿におどろいた彼

なんや見に来たんかこんな時間に
にやっと笑ったが
つぎつぎと紙袋を買いに来る客の応対に追われていた

やがて仕事を変わって
彼が不動産会社に働いていた頃
僕の母親が身罷った

まったく金がなくて彼の家に行った
僕の前の断崖には手を掛ける突起がなかったが
彼はだまって用立ててくれた

長夜という小説を書いて
文学界に転載され
その後転機を計って彼は東京へ出た

長夜という小説は
風葬というぼくが主宰した同人誌に発表したが
彼の長夜を9ポで組んで掲載した

他の作品を8ポで扱ったぼくの編集方針から
仲間割れして気まずいことがあったが
彼は喧嘩別れした同人を頼って上京することになった

僕はそれが許せなかったので
別れに彼が持ってきたジャン・コクトーの絵皿を
もらいたくないと突っ返したりした

横浜に居を構えた彼をその後なんどか訪問した
小火があって転居を余儀なくされ
奥さんはそれが因となって気を病んだ

嗚呼かくなることを書いて
思い出すのは身がよじれるのであるが
晩年の大和での暮らしはいくらか慰みになったろうか

鉄路に果てた彼女
それに悔い苛まれたろう君の余生
手を差し伸べるすべなく

ひとはひとりで歩まねばならぬ
長夜に向かう道は暗いといえども
日は輝き月も明るい

うなだれて晩年を送るのは
罰当たりなのだろう
当たり前の今日のように胸をはって歩むのが僕の役割か

さよならはいうまい
おうと声をかけられて
再会する日もそう遠くないかも知れないから




DSCF2872.jpg
数年前の正月、家内ともども談山神社を参拝した折に、書き初めの会を神社でやっていた。
参加を呼び掛けられ筆をとって三人で遊んだ。

DSCF2860.jpg
東光寺で初護摩のあと、正月を迎えて、、、


悲哀の思い出を癒やしてくれる曲とであったのでリンクしました。

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あやにかなしき

YANN TIERSENの
NAVALという
ピアノの音が
やさしく耳朶をなでる

明日は正月なので
すこしばかり
お気に入りの日本酒に
唇を触れて気分を新たにする

餅つきも
本堂の護摩壇の準備も終えたので
マックを相手に
移ろいゆく欺瞞の多いネット世界を
垣間覗いている

薔薇の花を書いた詩があって
コメントを寄せる


  そうびによせる

 薔薇ありて
 霜降りかかる
 庭に咲く

 薔薇ありき
 自ら持ちし
 鋭き棘が
 己を刺すか

 薔薇が身に
 訪なうものあり
 美しきが故に
 自らがまねく
 罪過のごとく

音楽のリンクがあって
そこをクリックして流れてきたのが
YANN TIERSENのNAVAL

聴きながら
つのってくる悲しさは
胸に宿っている記憶のせいではないだろう
いまこのときがいちばん悲しいのかもしれない

この曲は
近く公開される
鉄屑拾いの物語という
映画の冒頭から流されるという

私には鉄屑を拾って
警官に誰何されたりしながら
一家の手助けをしていた
子供の時代があって
バケツに拾った鉄屑の重い感触は
いまもずしーんと手のひらに残っている

砲兵工廠の跡地で
アパッチ族が活躍したころには
ぼくの鉄屑拾いは終わっていたが
朝鮮戦争がはじまったので
ぼくらは鉄屑拾いで
いのちのいくらかをつなぐことができたのだ

靖国参拝の総理の暗愚
辛酸を嘗めないでいきる人種には無縁の
世界平和

やがて
来るであろうか
ふたたび
あのような暗黒のなかから
立ち上がらねばならない時代が

東光寺山は
明るい日差しに包まれて
小鳥の声は
やさしくきこえてくるが
山の主は
ピアノの音色に耳をかたむけ
過去へと誘われる











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てふてふが一匹

東光寺に暮らし始めたのは1991年
桜が満開の日にやってきた
その秋に
天涯孤独の捨てられた黒猫を
優しい友人が拾ってきて
僕の腕に抱かせた
黒猫には因縁めいた借りがあって
ぼくは一緒に暮らすことにした

ひとなっこ過ぎるマニスは
ぼくの足にまとわりついて離れず
ぼくは台所で転げそうになって
思わずつよく蹴飛ばした
マニスのこころにぐさっときたのか
哀しげな声をあげて
廊下の隅の積み上げた箱の隙間の
見えないところに姿を隠した
爾来ぼくは
二度とマニスに哀しい思いをさせまいと思った

ぼくが毎月仕事で出かける
数日間の留守をじっとひとりで我慢しながら
二十年余が過ぎた年末に
マニスは息をひきとった

どこの猫を見かけても
マニスにまさる
猫あらめやも
などと思い出す

ときおり魂魄相通じるのか
座敷に小鳥が舞い込んできたり
蛙が座敷に出現したり
蝶がやってきて
頭をかすめたり
僕の腕に羽を休めたり
マニスが走り回ったように
部屋のなかを飛翔したりする

明日からまた
ぼくは毎月の旅に出かける
行ってくるからね
とマニスに声をかけて

東光寺山は
しんしんと冷えはじめて
マニスの小さな墓石も
寒そうに落ち葉に埋もれている




th_R0015221.jpg 東光寺への石段






| 東光寺山博物誌 | 11:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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長夜がやってくる

政治のことなどは
どうひいきめにみても
詩のテーマにふさわしくないが
秘密保護法などが法律になってしまうと
詩もうかうか書けない時代が
黒雲のようにやってくるかも知れない

軍国時代だった
私のこども時代には
詩人や画家たちも
戦争を賛美する詩や絵をかいたりして
戦争責任を問われたりした

批判精神を持つことはあっても
それを書けば投獄され
獄死する運命が待っているかも知れない
戦争を賛美することで
死にゆく若者を鼓舞することにもなった

与謝野晶子は
ああ弟よ君を泣く
君死たまうことなかれ
などと反戦歌を書いたりしたが
国民が
批判精神をもつことは
政治がもっともおそれることだ

ものを考えない人間にするために
書物を焼き払った焚書は
古代から圧政の政治家たちが
繰り返したことであった

万国の労働者団結せよを叫んだ政治体制も
圧政を敷いて自ら崩壊し
思想なき時代に張り巡らされたインターネットは
監視を増やして焚書ならぬ削除をし
圧政の実態を知らせたりすれば
秘密保護法で刑務所にいれるぞと焚書の技を振るう

自民党は
民主党が敷いてくれた愚政の反動で
長年の念願かなって
自由に圧政の鉈を振り下ろせる時代がやってきた
いまやだれもこれに逆らえないのだ

原発事故も
放射能の末永い影響も
ふたをしてしまえばなきに等しい

今日の新聞記事では
石破幹事長がブログで
マイクの大音響で反対を叫ぶのはテロである
などといいはじめた

自民党の存在そのものがテロではないか
原発の存在そのものがテロではないか
そういう政治家を送りだした
選挙民もテロリストとはいえないだろうか

気づくにはもう遅いのか
均衡は壊れてしまって
断末魔までいかないかぎりは
気づく日はやってこず
光が射してくることはないのであろう
昭和20年8月15日のような敗残の日や
再びの大地震や原発事故で
だれも住めなくなった大地に雑草が覆うまでは

fullmoon.jpg



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菩提樹

台風30号が
レイテ島に吹き荒れて
一万人を超える人々が高波に呑み込まれ
夕刊には
瓦礫を後ろに
コップを片手に
渇きを癒やすいっぱいの水を待っている
頭からコートをかぶった少年が
写っている

レイテ島は
大岡昇平のレイテ戦記を読んだほか
知るところはなかったが
戦跡の気配もない南の島に
営々と積み重ねてきた
人々の暮らしが
台風一過で失われた

ぼくは幸運にも
空爆の下を駆け抜けてきて生き続け
恐るべき天変地異にも遭遇せず
他界のこととして
ニュースを眺めて生きてきた

世界のだれもが
食いはぐれのないように
そんな世界を
どれだけ多くの良識が望んだことだろうか

時代は冷酷に時を刻み
毎日のように
世界の悲惨が届けられる

こうして明日がまたあるように
いまを生きているのは
とんでもない間違いではないだろうか

ひとはどうあるべきか
などという真剣な問いを
いつの間にかどこかへ置いてきて
がらんどうは歌うなどという芝居を演じたりしながら
私は平穏ないまを生きているのではないか
これでいいのか

そんなことを考えながら
冷えはじめたので
霜にやられないようにと
庭の菩提樹の二鉢を
本堂前の庇の下に移す
今年は菩提樹にたっぷりの水をやったので
挿し木を試みた菩提樹も
ぐいぐいと成長して
鉢から長い毛根がはみ出していた



R0015322.jpg








| 東光寺山博物誌 | 19:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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短歌結社 どうだん投稿短歌集

2013/11/12 次号の投稿を追加アップしました。

         徒 然 歌(どうだん投稿歌)
                      山 内  宥 厳


どうだん【2013(平成25年)11/12月号】
             
時たまに通る道辺に深々と闇抱え込む鎮守の杜よ
神の杜なに思うらん枝を切り樹霊も宿れぬ無残な形
オブジェかと思うばかりに切られたる樹形を見れば心が折れる
散る落ち葉掃除に手間がかかるとて鎮守の杜を裸形にしたか
数日後満開だなと見上げたる桜を切りし地主もいたり
もの言わぬ樹木の芯を流れいるいのちの水が樹霊ならんか
切り捨てて積み上げられた杜の木よセモガチュパットスンプと祈り
切ったひと間もなく病んで身罷って樹霊のせいだと思いたき我
葉擦れ哀し東光寺山の落葉樹夕陽を浴びて朱に染まる
近づいた台風の音聞きながら旅支度する風邪気味の我


どうだん【2013(平成25年)9/10月号】

満たされてあったことなし欲望の欲しがりもせぬ我になりても
禁欲の教えを説いた釈尊の教えの道や艱難辛苦
欲張って生きることこそやさしけれ拝観すれど道は歩まず
破滅する淵まで落ちて気づくのか気づかぬままか原発の湯気
ひとはみな欲望のまま生きてあり気づかぬ人に教うすべなし
欲望を肯う教え身につけて同行二人楽健法する
かくあれと教えを説いた聖人のさもありなんや背きたき我
病んでみてはじめてわかる難しさ制御しがたき自分のこころ
思うよう生きられるならなにほどの苦しみあらん気持ちのままに
蜩のいんいんと鳴く夕暮れに仏伝読みつ我とは何か


どうだん【2013(平成25年)7/8月号】

ほのあかく染まる西空不思議なり丑満時に工房へ行く
二時半に目覚ましかけて床に入る四時間半は眠らせてあれ
つぎつぎと工場が消えてまだ生きるパン工房に明かりを点す
壁に這う掌ほどの大蜘蛛にどこから来たかとカメラを向ける
パソコンのフェイスブックで人々に蜘蛛や百足や蛙を見せる
唐辛子袋に入れてピン止めす腰痛冷え性忘れて動く
数キロは病んで痩せたる背を眺むわれも苦悩す掻痒の日々
やってくるものに従う日々なれば異変ありとてふためきもせず
まだまだよなどというのは本心か寄る年波も忘れて動く
しっかりと深く地中に根をおろす東光寺山の樹木やさしも


 どうだん【2013(平成25年)5/6月号】

赫々と朝日に映える紅の本堂の前木蓮見上げ
連れ合いの病んで痩せたる細腕を支えてトイレへ点滴のまま
こわれそう掌に入れ愛おしむ刻のながれよ痩せ細るひと
手術日は宍道湖近い教室で時計にらみつ仏教法話
ソファーにて一夜を過ごす白壁の闇に呼ばわる起こしての声
一時間ごとに目覚めて点滴のポール支えに横歩きせり
手術後の遅速に歩む妻の手を支えて深夜トイレに起きる
痛がりし妻はいかにと病院のソファーで目覚める薄明の朝
二日目は黙って起きる気配して歩幅も広くトイレへ向かう
見上げたる木蓮のいろ濃艶で楚々たる白を脳裏にも見る


 どうだん 【2013(平成25年)3/4月号】

ほろほろと淡き緑のきぬさやの苗伸び始めたり枯れ葉の畑に
日当たりの少なき山に沁みるごと朝日をあびてきぬさやが伸び
さくざくと落ち葉踏みしめ冬枯れの東光寺山の畑を歩く
じんわりと水を含んだ今朝の畑汀に沈む足の感触
冷え込んで霜焼け出来た右足の指の先には朱色の痒み
何日か何曜日かも消し飛んで何事かするわれ何者か
左足指に痛みがありました靴下替えたり靴試したり
健康の先生なればいずこにも不具合なしとうまくはいかじ
大和路の没日の下に佇みて光の海に溶けてゆくわれ
あらあらと思う間もなく締めきりが迫って叩くキーボードなり


 どうだん【2013(平成25年)1/2月号】

もみじ葉の真っ赤に染まるやわらかき陽差し眺めつ夕餉の支度
集いたる楽健法の受講者に過ぎ来し俗世の歩みを法話す
即興の一人芝居を演じては空爆されし経験語る
足で踏む足裏太もも脹ら脛腕の付け根も手足の先も
踏まれては眠ってしまう楽健法眠っちゃ駄目だね教えられない
踏むことをム楽健法といい踏まれるをディ楽健法というインドネシア愛好家
楽健法をはじめたところあれほどの不仲消えたとケニアの夫妻
手のひらに足の裏にもあかあかと血が通うのかほかほか手足
クロガシの樹霊見守る杜に棲む野良猫蛙長虫浄土
あとひとつ詠めばさばさば着こなして旅に発てるか師走の朝


どうだん【2012(平成24年)12月号】

ながいこと続けてきたる麺麭作り後何回かと思いつつ焼く
香りたつ麺麭を軽四に積み込んで配達に出る眠気払いつ
はるばるとアラスカのひと麺麭焼きの日に現れてパンを丸める
美味しいね顔見合わせて焼きたての麺麭をちぎってほうばる笑顔
翌日の香りたつ麺麭しんなりと縦にひきさき口にほうばる
にんじんとリンゴ長いもごはんまでミキサーにかけパン種作る
干しぶどう胡桃を入れて焼くパンのはみ出し焦げたる胡桃のうまさ
胡桃とかブドウがいまにも落ちそうにくっついたパン袋に入れる
一日に百キロの粉パンにして日暮れの前に宅配出荷
楽健法を広めて生きんとこころざしネパールまでも旅をするなり


どうだん【2012(平成24年)10/11月号】

昭和にはかじかんだ手を暖めし火鉢を庭で池とするなり
水草も茂り初夏には水中花ひっそりひらく火鉢の池に
七夕の商店街に夜店来てめだか売るひとめだか買う我
水中を泳ぐメダカを見もやらず蛙も出入りす火鉢の池に
見るたびに大きくなった三匹の蛙消えたり一昨日朝から
餌取りに出かけたのかと思いきや水草乱れて荒れたる気配
蛙消え火鉢の池の傍らに大きな羽を残せしクロサギ
すいすいと泳ぐめだかに手のひらで自作のパンを与え見るなり
つんつんとパン粉をつつく白めだか蛙不在の池の営み
東光寺へ時空を超えて辿り来たひとりの旅僧満月仰ぐ


どうだん【2012(平成24年)8/9月号】

二人目を孕んだ女が幼子を抱いて田町で乗り込んで来た
和紙ならぬ手漉きの紙に歌綴るネパールの紙あたたかし
腰痛の仲間後から現れてサパナのカレー舌鼓打つ
シジミ汁小粒に過ぎて貝殻の音だけするが中味は食えず
雨の寺庭にうろつく猫の声マニスが来たかと腰を浮かせる
辿り来たながき道程振り返るこれこっきりの貧しきわれよ
豊かなる愛もはたさず生き来たりせざりしことを思い返しつ
これからはだれに向かって生きるのか得がたき時間いかほどあって
石段を昇り疲れて止める足シャガが真白く笑顔で迎え
山道の繁り過ぎたる樫の木の枝をはらって青空覗く
香具山のユリノキすらりと森に立ち競い合うよう空へと伸ばす
しぬという名の枯竹を拾いきて笛を作らん天香久山


どうだん【2012(平成24年)6/7月号】

自然酒ののどごし良くてやめていた酒一瓶を空にする
いただいたまずくて食えぬ干し柿を裂いて酢の物試みんかな
焼きすぎて炭となりたる食パンをこさげて食べる旅立ちの朝
冷え込んで月のまんまる満開桜ふるえながらも花を楽しむ
八分咲き川辺の桜あとすこし鵯来たりて蕾をつつく
満開の桜の花は匂うのか引き寄せ嗅いでる女見かける
嗅いでいる女に倣い近づけばかそけき香り立つ桜花
春雨に叩かれ落ちる満開の地面に描く桜モザイク
花の下並んで記念の撮影が雨にたたられ葉桜の下
積雲の層を貫き茜差すまんまる夕日が姿を呉れる


どうだん【2012(平成24年)4/5月号】

かんかんに炭火を起こし鉄瓶を火鉢に置きて白湯をたしなむ
昔なら火鉢の火だけで過ごしたり綿入れ着たり震えたりして
鉄瓶の白湯も旨みはそこそこで育ちし家の水ぞ懐かし
キシリッシュなどいうガムを噛みながら眠気まぎらせパンの配達
ポケットに五鈷杵を入れて握りしむ手も温もりてこころ広がる
好きなのはコスタリカとかマンデリン豆を挽きつつ明日に向かう
釘煮という佃煮を呉れた友ありきやや震えたる添え文を読む
健康にパンと楽健法伝えたり四〇数年いまも広がる
震災の地のこどもらがはしやぎて仮設の家を揺らして走る
楽健法するひともなき荒蕪地に行きて踏みたや疲れたひとら


どうだん【2012(平成24年)2/3月号】

まほろばといわれる土地に縁ありて根を下ろしたり二昔過ぐ
七十路の半ば過ぎたり残る日々見果てぬ夢の森のくらやみ
黒猫と黒樫繁る丘に住み刻流れたり良い月明かり
荒ぶ世に遇い生まれ来て見晴るかす焼け野原あり津波の芥
いつだって死ぬのは他人と思うのが戦をしかけ死地に追いやる
あれもいやこれもいやとはいえぬのがあれこれ抱えのたうちまわる
しあわせはひとの心に潜むもの満ちると読むか欠けると読むか
いそのかみ神社に詣で玉の緒の可憐な勾玉開き見るかな
小綬鶏や尾長の地鶏枝にいて我を見下ろす石上神社
日だまりに座す人のあり見上げたる空に雲あり猫そっくりの


どうだん【2012(平成24年)1号】

本堂に再生ピアノ届いたり摩訶不思議なる指鍵盤走る
護摩の火に般若心経合唱すピアノも弾かれ経に合して
真新し本堂の床樫の木の揺るがぬ根太にピアノの漆黒
真美さんの鍵盤走る白き指自由自在に曲を奏でて
半世紀放置されたるピアノなり古きお堂に再び歌う
冷え込んでさぞ寒かろう本堂に火鉢を三つ炭火を盛りて
かつかつと火の起こりたる火鉢なり三つの炭火暖優しくて
舞い落ちる紅葉の枯れ葉庭を埋め視野開けたり月あかり来る
わが弾けぬ象牙のキーに触れたれば居るよと応じるピアノの音色
護摩壇の添え木をくべる灼熱の火に焼き尽くす煩悩の束


どうだん【2011(平成23年)12月号】

黄ばみしきささげの葉に午後の日がこころを添えて優しく光る
樫の木に鳴き盛りたる熊蝉の抜け殻残る猛暑はいずこ
風もなく蒼天映えて青々と茂る蓮華の葉の大きさよ
蓮池の葉のみごとさを写さんとファインダー覗く蒼天の寺
枯れそめし蓮華の花托写さんと腕をのばしてシャッターをきる
花なくもみどりに映える蓮の葉に吸い寄せられてカメラ構える
蓮の葉と並んだモデル写さんと後ずさりたり池に転落
泥濘に埋もり蓮の花ならぬ墨染めの衣蓮池に咲く
古の仏居並ぶ天平の甍見上げつスマートフォン並ぶ
酔芙蓉澄み渡りたる空映し恥じらうごとく微笑み染まる


どうだん【2011(平成23年)10/11月号】

起きるかな半睡しつつ自問する今日と明日の時間の狭間
びしっという音に続いて揺れがきて大地の息吹に夢破られる
儚いと消えるいのちに幾たびか思い馳せつつ老けゆく我は
甲虫光る甲殻みなぎらせ畳這うなり意外の速度
日は過ぎぬ心にかかることどもも彼方におしやり自分を生きる
自分とは狭き門より入りきたり作りあげたかあるべき日々を
青春と言葉は若葉のいろなれど苦しみ多き若き日のわれ
蚊遣りつけ消したい時間の位置あたりコインを置きてタイマーとす
パソコンや携帯にぎり対話する文字と言葉とjpg写真
ほめられも苦にもされずに生きたいと願った人からもらえる元気


どうだん【2011(平成23年)9月号】

雨季のよう晴れ止まぬこと多かりき自省をしつつ前に行くのみ
五十回忌隔てておのれのありようを振り返りみる炎天墓前
晴れ止まぬ気分が多き過去なれど記憶の祖母はからっと笑う
炎天下ペットボトルを輪切りして樒供えし小さな墓前
駆け抜けた淡路の道はその昔祖母の育ちし故郷なれども
転居する娘一家の暗転に祖母黙々と大八車(くるま)曳くなり
清水寺の初めて座る本堂に院主と居並び理趣経読む
本堂にともるちいさな照明の赤き光に空爆を見る
がらんどうの心のなかに開く花しぼんで枯れた花もあるらん
日めくりの先に待ちうく何事か原発事故の見えない煙


どうだん【2011(平成23年)7/8月号】

夜遅く鳴る電話機の向こうから初めてですがと故郷なまり
今日までの長き来歴縷々という同郷のよしみか初めてのひと
人ごとにあらずと思う運命の流れのままに今日も明日も
我が生家眉山の麓佐古の町小学校の真ん前なりき
摂津航路そんな呼称の汽船にて小松島港から出でし故郷
船底に七人家族身を寄せて見えない明日に向かって座る
空襲の瓦礫広がる大阪の焼け跡のさま津波に似たり
枇杷の葉を鋏で刻み瓶にいれホワイトリカーを注いで閉じる
二リットルの瓶に醸した枇杷の液浴後に爽快全身に塗る
やや曲がる妻の背中にたなごころ触れて疲れの深さを測る


どうだん【2011(平成23年)6月号】

ひれ伏して言葉詰まらす灰色の社長の背中に真っ赤な怒号
原発の積もり広がる見えぬもの山脈越えて海越えて
地の塩は拭いもならず一望の荒廃の田に佇ちつくすひと
新緑も季節の花も咲く里を家畜見捨てて後にするひと
天地の時の流れに勝てずともひとつひとつと石運ぶひと
食わせてと悲鳴をあげるホルスタイン応える人なき二十キロ圏
奪われし戸外で遊ぶ自由をも見た目におなじ大地なれども
流れ去る船や車や家々を見下ろしながら画面切る鳥
幸福は流れ去っても二ヶ月目笑顔で生きる人びとの声
侘助の一輪ひらく庭の寺真白き牡丹三輪咲きぬ


どうだん【2011(平成23年)5月号】

そのときは走行中なり四駆にて大宇陀の里地震も気づかじ
巨船まで木の葉のごとく渦巻きぬ人諸共に藻屑の街衢
奈良にいて見ていていいかこの場所で津波は被るわが心にも
地中には蠢くものの意志ありて動くと知りつつその地に生きる
隆起する地球の表皮大海の水持ち上げて大地を襲う
ひとはなぜそこに生きるかと思いつつそこよりほかに生きられもせで
攫われし一望の地に佇んでいまは動かぬ海を見る母子
御しがたき原爆の火を壺に入れ箱にも入れり牙もつ海辺
火遊びの果てに破滅の淵に入る原発事故の環境破壊
晴朗の日が来そうにもなき原発の残骸建屋に蒼き月照る


どうだん【2011(平成23年)4月号】

トイレだよここはぽこんと水音たたて排管詰まらす樹木の根っこ
古家の風呂桶塗装剥がれ落ちお陀仏近し我は矍鑠
友人の昔書きたる戯曲あり怨念もあり哀しき恋も
蘇りて歌わんという若き日の苦闘の闇が舞台にかかる
落ちてゆくアメリカ娘の民謡に万葉の世の哀れ重なる
そのときは紅バラいっぱい入れてねと妻語るなり飯くらいつつ
参道にはみ出し茂る皐月刈るわが手に余る茎の堅さよ
刈り跡の風の通りが良くなりし斜面に立ちてまわり睥睨
火山燃え牛豚鶏らも消されたり言葉失う人のなす業
少年時旅情沸き立つ地名あり都城とはいかなる里か


 どうだん【2011(平成23年)2/3月号】

年の暮れ積もる落ち葉を掻き寄せる寒気はじまり数日寝込む
夢のなかにありあり見える父親があちらへ行けと我を追いやる
殿中といえばいやがり裃よといわれば羽織った母の綿入れ
熱もなくひたすら眠い風邪のわれあごに枕で史書をひもとく
七草の粥めしあがればと東からメールがきたが粥思うのみ
切り捨てて拭いもやらず鞘にする時代劇見つつ正月終わる
真夜中のジェット機音かと目覚めたり冷え込む部屋にエアコン唸りて
欲しがってなお欲しがって生きてきた世代がリタイア山歩きする
美術館混んでいましたと話す友悠々時間の持ち主増えて
平日は空いてるはずと思うのはむかしの話芋の子洗う


どうだん【2011(平成23年)1月号】

落語家の若い兄ちゃんやってきてテレビに流れるわが照れる顔
威勢よき昭和の女大阪弁オクターブ高く八光に言う
満開の花かと見惚れし川添の柿よ苅られて幹のみが立つ
剪定というにはむごい切られ方手足無くした街路樹を見る
逆光の橡の黄葉見上げつつ石段なかば二度息をつく
百ほどの石段登る逆光の黄葉まぶし本堂の空
うずたかき枯れ葉踏みしめ裏山の鳥鳴く丘で耳成遠望
はるかなる昭和の頃の喧噪の面影もなき梅田を歩く
大山の水で育てた穫れ穫れの米を送られ玄米を炊く
足指の冷える夜なり添い寝せし祖母の寝床の熱き思い出


どうだん【2010(平成22年)12月号】
             
二十歳ごろ邂逅したる画家がいた中西康郎黙って去りぬ
賀状来ず去る年七月に果てしことやっと知ったり友を悲しむ
二年経ち友とはなにかただ生きてあればいいかと自問する我
見つけたる旅日記あり黄ばみし表紙の文字によみがえる友
描くはずの白きカンバス並ぶ棚パレット置かれ洗われた筆
自動車に満載をせり油絵を遺作展する画廊へ向かう
堆くスケッチブック残したり遺作展の会場に置く
6Fの画紙に現るスペインの空に描かれた風車が回る
カンバスの前に佇み凝視めいる縁のひとの懐かしむ目
何故か道路標識など丹念に描きこんであり絵描きの不思議


どうだん【2010(平成22年)10/11月号】
              
からからの窓ガラスに蛙へばりつきいずこへ帰る日暮れの蛙
火鉢あり水草いれて蛙棲む白い花びら可憐に咲きぬ
セメントで作られし臼あり庭に置く睡蓮が咲き蛙も潜む
幾たびも試みてみた菩提樹を冬越えがたき地に育てんと
霜降れば南国性の菩提樹は芯まで冷えて春に芽吹かず
清らかに生きる道とはいずこぞや地には育たぬ鉢の菩提樹
からからの地面の下に眠る猫白骨と化すや水を撒く庭
猫扉開く音して足音の床板を踏むマニスの気配
一晩中足の間にマニスがいたよ朝一番の家内の会話
道場の壁にひっつく二つのたまご場違いではと守宮に訊ね


どうだん 【2010(平成22年)9月号】  
              
どこかしら冷たくものいう病む人のこころのなかを駆けめぐるもの
長き夜の明けるを待ってお日さまの沈むをのぞむようなものいい
雨多く日差しの足りぬ今年なり小さな庭に陸稲が揺れて
膝を曲げ半足歩幅の老いた女大地に吸いつく確かな歩み
三株ずつ苦瓜胡瓜を植えましたなかなか伸びねー日毎に覗く
ながながと執拗になく野の鳥の声聞きながらキーボード打つ
繰り返す設定にしてステレオのピアノの音色ピンタタ流る
そっくりの黑猫不意に出喰わして素早く逃げりと胸つかれる
苦と楽とのたうちまわり生ききたる終の住処はいま居るところ
護られてなんとか今日まで来れました仏前に坐す不可思議の日々


どうだん 【2010(平成22年)7/8月号】 推薦作品に掲載

二十年間一枠ごとに切り張りせし庫裡の障子に朝焼け謳う
木漏れ日に染まる障子の樫の影風の気配やいのちの揺らぎ
八月に印度へ渡るパスポート硬い顔してカメラに向かう
おのが顔写真にとりて惚れ惚れと眺めるひとはよもいるよしもなし
月ふたつ浮かぶ小説読み終えて竹取の翁のごとくそっぽ向くなり
吟遊の詩人にあらず両の手で空しき夢をキーにて叩く
午前三時光る目玉をライトに返し田圃に消える狸一匹
読経する遠国からの女性あり涙の声で過去を歩みつ
肥料なし水気もなしか裏山の野菜素気なく花をつけたり
さりげなく脱ぎ捨て落ちるゆずりはの陽にきらめけりある晴れた日に


どうだん【2010(平成22年)6月号】

日によって読経しているわが声も艶があったりなかったりする
食べるとは業深きことなるかあのひとさらにさらに太りて
空腹の刻せまりくれば手をとめてイメージしてみる今宵のご馳走
つぼみもつ日陰の菊菜を折り来たり葉っぱむしりておひたしとする
霜のころ山の畠に種まいた日差しのなかでサヤエンドウを摂る
棘だちし大根の葉を間引きして如何に食うかとしばし眺める
落葉は秋より多き常緑樹くすのきくろがし寺を埋める
階を覆う落ち葉を踏みしめて明日は掃かねばと庫裡へと帰る
パン焼のため早寝をしたる真夜中にフクロウ来鳴きて声に起きだす
半月が見下ろす空のほの明かりガレージの鍵穴キーを差し込む


どうだん【2010(平成22年)5月号】
猫二匹たわむれ遊ぶ宿にきてマニスにまさる猫あらめやも
いまさらに悲しむ齢にあらねども庭に埋めし気配はつよし
マニス果て畳替えなど試みて残り毛も見あたらぬ家になりつつ
満開に咲いた桜も年経りて朽ち果てつつも蘖育つ
孫生えの桜が開く季節来て寄り添うごとき朽ち木の黒し
八月にインドへ行こうと思い立ち期限の切れたパスポート見る
だれからもどこからもまた伝わり来ぬこころ閉ざせる友の近況
味噌一と黒砂糖一の割合で鍋に炊き込み味噌ジャムつくる
味噌ジャムのやや柔らかなるに工夫して擂り胡麻加えなめてみるなり
自家製のパン作りには朝の二時起き出して走る四十三キロ


どうだん【2010(平成22年)4月号】

狭い庫裡開け放った空間を駆け抜け駆け抜けみせる黒猫
黒い毛の長い尻尾の先までをこすりつけてはもの伝えたり
留守の間に孤独死させてはどうしよう思い思いてパンを焼くなり
痩せ落ちてまだ艶消えぬ毛をなでてやるマニスの喉はごろごろと鳴る
小水を床に漏らして蹲るかろうじて歩む黒きかたまり
昨晩は朝までソの字に並んで寝たり背骨の突起撫でて哀しむ
二昔落葉の頃にやってきた黒きいのちが初春に散る
二分前顔持ち上げたぼくの目を見つめた瞳が光失う
見上げては花がつおくれという甘えた声も耳朶のなかのみ
麩のごとく軽く固まる黒猫の亡骸抱いて庭を見せたり


どうだん【2010(平成22年)1月号】

握り込んだ幼児の手にもそっくりの楓の葉っぱ庭を埋める
山はいま木楢や橡の葉散り敷いて七十路のわれ覆われてあり
団栗のつやっと光るを取り上げて食えぬものかと眺めたりする
大日如来の見下ろす位置にわれもいて見上げる位置に猫もいるなり
一昨年トタンの屋根に葺き替えてカーンと落ちる団栗激し
二上山の手前にお椀をふせたよう耳成山にピントを合わす
夕景にかすみはじめた耳成山沈む夕日に墨ます二上山
本堂の釘の頭が飛び出ては危なかろうと金槌で打つ
老境に入りたる故か気持ちだけ体は応ずる気配もみせず
阿弥陀からも閻魔大王からも電話きたかのごとく受話器置く日々


どうだん【2009(平成21年)12月号】

彩という孫娘あり怪魚飼う魚名は蛇太郎蛇次郎蛇三郎
水槽に身をくねらせて怪ひかるまだ見ぬ魚の媚態あやしく
墓参り見上げる宙に鉄路あり徳島本線列車通過す
眉山の流れ昔と変わらねど見覚えのひともなき生地墓参りする
風になって流れていますという歌を思い出しつつ墓参りする
霊力の強かった祖母必ずやものいうならんと心澄ませる
数珠をくる信仰の手にしわしわと経読みながら寄せ来たるもの
坊主なり剃りつつ剃らねばどうなるか銀髪なのかごま塩か
横笛を手のひらに乗せ飛翔するわが魂の冷めたる熱気
なよたけのかぐやのごとく飛翔したき思い抱えてパン作りする
洗濯すひとつひとつを取り出して家内のショーツこわごわと干す


どうだん【2009(平成21年)10/11月号】

白糸で蝙蝠傘に名前書く木綿の針の似合はぬわが手
南無大明神唱ふるうちに舌もつるつまづくごとに数珠くりなほす
早足で行者は歩くものならん手合はすひと目尻に捉へて
行者とは物言はぬもの歓談は裸になつて風呂でのみする
日毎する施餓鬼の味を覚えしか山鳩はくる読経の声に
供養とは佛さまとのままごとかとりかへとりかへお経をあげる
かっこうの声まろやかに聴えくる間のとり方のあのゆうゆうと
かっこうの鳴き声始めて耳にする山林静か留まりてあれ
碧落の吸ひこむ如き森の空烏さかんに何事かいふ
鶯の声聴かぬ日無くしみじみとここにくらせり共生の浄土

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友達の木

お坊さんの話は法話というが
ぼくの話を聞いてくれるひとは
法話などとは思っていないことだろう
などと思いながら
各地で話をきいてもらっている

ひとはだれでも未知の考えを知りたがるもので
ずいぶん長い年月の人生経験を経てきても
生きるにはまだまだなにかが不足している思いがあって
未知なるものを求めるのか
道を求めるからか
未読の本に手を伸ばす

書物は人生の暗緑地帯に生える樹木で
そこに身をおくと心が安らいだりするのだろう
読書家には書物と無縁の人生など想像もつかないのだろうが
こころの糧とはいいながら
毎度のメシほど確実なものでもないのに
書物の森に身を置きたがる癖がある

鴎外は妄想という短編のなかで
読書で多くの師には会ったが主には会わなかった
と書いているが
書物はかぶれるために読むものでなく
かぶれない精神を涵養するために読むものだろう

大きな樹木
緑陰の下で読書に耽る
そういう人生ののどかさがのぞましい
ないものねだりのように
なにかを得ようとして
むさぼり読まないほうがいいのだろう
そんなことを考えながら
庭の大きなクロガシを見上げると
無数の木の葉の葉擦れの音が語りかけてくる

私はよく話しのなかで質問する
あなたには友達の木がありますかと
そんな質問をすると
たいていの人がきょとんとしている
ぼくには友達の木があちこちにたくさんある
クロガシ ユリノキ ポプラ ほかにもいっぱい
見る度に声をかけたくなる樹形のいい友達

みなさんは町を歩いていて
いい木だなと思ったら
さっそく友達になりなさい
声をかけると
友達の木は応答して元気をくれますから
などと

小学生のころ
ポプラの葉をちぎって葉をむしり
葉柄を残して
胸ポケットにいっぱいいれて
葉柄をクロスさせて切り合いをする
そんな単純な遊びを
夢中でやったりしたものだった
葉脈をむしりとるときのポプラの匂いは
いまもあざやかに覚えている

木はぼくの人生の伴侶だった
厳密には木ではなく
材木というべきだが
家具作りの職人だったぼくは
木の癖も性格も知り尽くして家具を作った
どれほどたくさんの樹木を
この手で家具にしてきたろうか

材木を扱っていても
この木がどんな立ち姿で生きていたのか
知るよしもない
材木になれば
何の木か言い当てられるのに
木の肌も葉の形も知らないでいたことに気づいて
ぼくは自分の半端さに愕然としたことがあった

ぼくは木と友達になり
共に暮らすようにもしている
今年の夏は雨がすくなく
東光寺山のユリノキはかなり葉を落としたが
友達らしい風格で立っている



th_DSCN0416.jpg

東光寺山のユリノキは10年ほど目に自生の苗をもってきてくれたひとがいて東光寺山の斜面に植えたもの。

| 東光寺山博物誌 | 12:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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月に書く

十五夜と満月には区別があると
新幹線のなかで昨夜の満月を眺めながら
ネットで知った

姫路を通過する頃に
地平ちかくに浮かんだ月を
iPhoneでややズームに撮影して
フェイスブックに送った

美濃平野を走る頃
暗くなった山の向こうに
姿を現した月はいっそう明るく
iPhoneを向けてみたが
車内の明かりが窓ガラスに反映して月は写せない

すぐレンズを向けたがる悪趣味をやめて
じっと満月を眺めていると
いつしか惹きこまれて
月輪観をしている自分に気づいた

阿字観ともいうが
密教の瞑想だ

ぼくはこどもの頃から
よく大空に字を書いて遊んだが
新幹線の車内から
満月をキャンバスに阿字を書いた

月は妖しいのか
やさしいのか
満月にはなにかが起こるという説もあるが
阿字を書いた私の満月は
今朝になっても
まだ胸に輝いている




fullmoon.jpg

| | 09:51 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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嵐去って

年を取ると
予定よりも早く出かけたりして
着いた先で時間を持て余したりするが
僕は年を取る前から
早めに家を出るのは性格のせいだろう
間に合うかななどと案じながら行動するなんてことは
あり得ない
今日は予約の45分前に新大阪駅に着いたので
待合室でこれを書き始めた
トンネルに入る度に
通信の途切れる山陽新幹線から発信する

先週の嵐で
東光寺山に吹きつけた北の強風が
台所のブリキ屋根を捲りあげた
被害は軽かったが
可成り屋根のブリキも草臥れていて
源ちゃんは今朝
この際葺き替えましょうかという
では近々ということになり
本堂への石段に行く

枇杷の木と隣り合っている
太い木が
強風で根っ子が浮き上がり
道場の門扉の方に25度に倒れ
金木犀に凭れていた
自分では手に負えないので
源ちゃんに来てもらったのだ

揺すってもびくともしない倒木に
チェーンソーを持って
源ちゃんは細い方に歩いていった
幹先から根元へと
エンジンが唸るたびに
金木犀の隙間からどさっと
あるいはばらばらと落ちてきた
僕は下で待ち受けて
枝切り鋏で分枝を切り
葉っぱのついた枝を小さく股ざきにして
斜面にすてていく
小さくバラして捨てることは
山仕事の基本ですと辻田さんに教わって
以来教えを守って伸びすぎた樹木の管理をしているが
なるほどとうなづくほど
払った枝葉が嵩張らずすっきりと片付いていく

指物の修業中に
段取りについて
父から厳しく言われたことを思いだす
二度手間をしないこと
手間をかけすぎないこと
見えない所から綺麗な仕事をすれば
仕事はすっきり仕上がること
普段の整理整頓が
能率を高めるのだ、、、
云云を思い出す

ぼくの人生もかなり西陽に翳ってきたが
親父の忠言は
身につかぬまま
生きてしまったかも知れない

嵐が通り過ぎて
枝葉が散乱している東光寺山へ帰ってきた時
そんな思いがよぎりながら
パン作りで疲れた足で
枯れ枝を乗り越えて庫裏へ戻ってきた
マニス帰ったよと
暗闇に語りかけながら




genchan


源ちゃんは、夫妻そろって短歌誌「どうだん」の仲間でもあり、短歌を発表している。






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