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東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

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冷え込んだ朝に

ひとがだれかと出会うのは
偶然のようだが
挨拶を交わしてそれっきりという
行きずりではなく
その後の人生に
大きな影響を及ぼす
出会いもある

生まれ落ちた自分の生家は
選択を許されない宿命には違いないが
ひとは長ずるにつれて
巣立ちする小鳥のように
羽ばたくようになってくるのだろう

だれかと出会うということは
いのちを統べる大きな意志の媒介かも知れない

閉じこもってしまうひとや
病気に逃げ込んでしまう
いかにももろいひともたくさん知っているが
どんなひとにも
自分を変革できるような機会が
見えない源流から流れてくる

ぼくが抱き続けていまだよく分からないのが
ひとは何故そこに住んでいるのか
なぜぼくはここにいるのか
はじまりはどこにあったのか
という素朴な疑問である

1976年の桜の季節
観心寺の如意輪観音のご開帳日に
門前の阿修羅窟で出会った
丸山博との出会いも
束の間の挨拶に終わっても不思議ではなかったが
話し込んでいるうちに
その後の僕の人生を大きく変革する出会いだった

アーユルヴェーダ研究会と有害食品研究会
ふたつの事務局長を引き受けることとなった出会い
真言密教の沙弥であった僕に
親しくなった師は
君は僧侶だろう
不惜身命なんてこと知ってるよね
などと冗談をいいながら
大きな負担でもあったが
得がたい鍛錬と学習の場でもあったのだ

インド医学や
日本の医学の現状
進歩し続けてるという科学や医学の幻想
ひとが凭って立つ地面の不確かさ
曖昧なものさしを持って尺度とすることの愚かしさ
そういうことを
身をもって学んだ出会い以後の人生だった

楽健法と天然酵母パンを生業としながら
僧侶の本分とはなにか
などと自問しつつ歩んだ後半生

さて
と僕の思考は立ち止まる
これでいいのか
全うしているのだろうか
もっとやるべきことが待っているのではないか
などと自問しながら
インドのマナリ
レーリッヒの終焉の地
ヒマラヤ山系が見える写真を
デスクトップに貼り付けたパソコンに向かって
こんなものを書き連ねている

旅支度は整った
数日間の小さな旅 
福山から東京へ
いまから出かける

mrym.jpg
丸山博先生


丸山博先生の文献・社会医学におけるアーユル・ヴェーダ研究 の現代的意義 丸山博




manariレーリッヒ終焉の地 マナリのホテルからヒマラヤを望む
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