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東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

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時の埃

十代の頃
五十五円で三本立てなどという
場末の映画館にうつつを抜かした時代もあったが
ひとびとが昔のように
映画をあまり見なくなったいまでは
映画館のスタイルはすっかり様変わりしてしまった

エレニの帰郷という映画を観た
帰郷とは懐かしい響きの言葉だが
テオ・アンゲロプロスの
時の埃という原題の映画は
エレニの帰郷として上映されていた

帰郷する懐かしいふるさとをもつものはさいわいであるが
私が展墓に帰郷するふるさとは
眺めて止まぬ懐かしい場所ではない
戦争の惨禍を受けて
半世紀以上にわたる時空を彷徨うことになった
出発の地だ

映画は時の埃をはらって
ギリシャやシベリアやアメリカで生きた
エレニの姿を点描する

エターナルトライアングル
それがなければ生きられなかったろう
追い求める愛の不毛を
愛の空しさを
愛の真実の那辺にあるのかを描いて見せる

時代を動かした
スターリンが死んだ日に
やっと巡り会えた恋人と引き裂かれて
シベリアへと拉致されていく男と女

ぼくは
スターリンの死を
ラジオが報じていたのを
なぜか安堵した気持ちで受け止めた日のことを
漠然と覚えているが
映画では
ロシアの辺境の広場
スターリンの銅像の前に
群衆が集って泣いている声が聞こえてくる

男の背中しか写さないクローズアップ
窓越しの背中の向こうにエレニが立って
他の女と暮らしている男を見ている

歳月は多くの謎をつくる
探し求めた男は
長い歳月のうちに
記憶のなかで時を埃に埋めたのか
全うできないもどかしい人生をいきて
男と女が
ふたたび巡り会って
あらたな伝説をつくるのか

合わないモザイク模様を見せながら
二十世紀の終焉とともに
なにかが確実に死んでしまったことを描いたように
テオ・アンゲロプロスは
不慮の事故で
粉雪の舞う時空へ姿を消していった



聴いてみてください。悲しみが指からしたたり落ちるような哀しい美しい音楽を。



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