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東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

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存在と時間

黒猫の歩みのように
闇が
霧が張ったように
本堂に立ちこめはじめると
花を持った少女が
仄明かりに
浮かび上がり
時間を止めてぼくを見下す

今春
また誕生日がやってきて
思いがけない場所で
ケーキを出してくれたひとがいて
ローソクの灯りを吹き消したりしたが
秒針のセコンドのリズムに乗って
ぼくは現在を生き
自覚しない変化の乗り物で
どこかへ運ばれている

時間はいつも
謎の女の微笑のように
ぼくを悩ませてくれるのだが
まいにち生きて
なんじゅうねんも
きのうの続きを生きているだけのぼくに
赤い花をもった少女は
問いかける
あなたは何者か
どこから来て
どこへ行くのかと
だれも解き明かしたことのない
存在の不可思議を
ぼくに問いかけるのだ

きれいはきたな
きたなはきれい
だれもがふたつの影をもち
あらゆるものは坩堝のごとき
この世に存在する

少女が
両の手に捧げ持つ花は
やがてしおれ
闇に落ち
地下に消える

1970年
ぼくの誕生日に
西宮の彫刻家
渡辺宏のアトリエにいて
十人ほどで
氏の快気祝いをしていた

不意にお経が聞きたくなったぼくは
同席していた僧侶に
無理を言って声明を聴かせてもらった

その刻限に
30歳の義弟が
三人の幼子を残して
交通事故で死亡していた

渡辺宏さんの個展に
制作された作品を
黒猫がらみのお世話をした謝礼にともらったが
素材の樹脂が発する臭いが強く
身近に置けなかったので
二十年以上も
本堂の庇の下に
落ち葉に埋もれながら
寝かせてあった

一昨年
夢に少女が現れたので
ぼくは下ろして少女にまみえ
まだ樹脂臭が抜けないので
ブロンズに置き換えて
本堂の柱に安置することとした

彫刻の師であるだけなく
時間も気分も共有した
懐かしい思い出を花に託して
切り取った曼珠沙華を
少女の両手にもたせる
 
なぜここにあるのか
意志をもった
時を共有する一個の存在として
ぼくが向き合うとき
時は
漣のようにゆれながら
闇をつつみこむ




th_P1030224.jpg
ひとり芝居「がらんどうは歌う」公演の本堂


P1030222.jpg
花を持った少女が 仄明かりに 浮かび上がり 時間を止めてぼくを見下す

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