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東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

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見知らぬひとへ

 「誰がために鐘は鳴る」 ジョン・ダン

人は離れ小島ではない
一人で独立してはいない
人は皆大陸の一部
もしその土が波に洗われると
ヨーロッパ大陸は狭くなっていく
さながら岬が波に削られていくように
あなたの友やあなたの土地が
波に流されていくように
誰かが死ぬのもこれに似て
我が身を削られるのも同じ
なぜなら自らも人類の一部
ゆえに問う無かれ
誰がために弔いの鐘は鳴るのかと
それが鳴るのはあなたのため
(浜野聡訳)

 イギリスの詩人ジョン・ダンのこの詩は、ヘミングウエイが「誰がために鐘はなる」と小説の題名にしたことで知られているが、人が出会ったり別れたりという無常は人生についてまわる。
 上の訳はネットで見つけて引用させていただいたが、僕が出会ってきた一目置いていた多くの知友もいけなくなってしまったひとのほうが多くて、思い出だけは鮮明にぼくの中で生き続けている。

 参照・ジョン・ダンの瞑想録第17

 誰がために弔いの鐘は鳴るのかと という意味は、人が死ぬと死を知らせる教会の鐘が打ち鳴らされる。近所の人たちは誰が死んだのだろうかと、確認のために子供たちに、「誰が死んだのか聞いておいで」と走らせたりするものだが、ジョン・ダンは、誰かが死ぬと言うことはあなたが死んだと言うことなんだよ、この世にいのちというのは、たった一つっきりなんだから、聞きに行かせなくったっていいのだよ、という意味のことを言ってるんですね。

 今月の楽健法講座で、楽健法のBGMにたまたまビオレッタ・パラの「人生よ有り難う」という歌を取り上げて楽健法をしながらいろんな話をしたが、この「人生よありがとう」という歌を僕に印象づけてくれたのが、ファド歌手の月田秀子さんだった。
 最近、月田秀子さんが亡くなられたということを聞いて驚いたが、月田秀子さんとの出会いは布村寛という友人の追悼会の席であった。月田さんはギターを抱えて登壇し、私の一番好きな歌を布村さんに献げます、といってギターを弾きながら「人生よありがとう」を聞かせてくれたのであった。
 
 だが、「人生よありがとう」を書いたチリの詩人、ビオレッタ・パラの詩集をぼくはすでに持っていたのだが、その中にこの詩が書かれていることを、月田さんのこの歌を聴くまでぼくは知らぬままでいたのであった。
 その詩集は、東光寺を訪ねて来られたまり子さんという女性が、私が下訳をお手伝いしたものです、と下さった本で、私はそのまま精読しないで積ん読にしていたのであった。

 まり子さんは、甲府のベルクというレストランで働いていたひとで、ベルクは家内が天然酵母パンの指導に度々足を運んでいた有名な店でもあった。まり子さんはやがて東光寺へトクータ・ゴルディージョという南米の歌手を連れてきて、東光寺でコンサートを開いたりした。
 以下の僕の詩で、トクータ・ゴルディージョさんが、「人生よありがとう」を歌っていて僕の五感にはまっていて、というのは僕のフィクションと言えなくもないが、人生は糾える縄のごとしという実感が、人との出会いと別れに感じることであるが、月田秀子さんの、「人生よありがとう」を、昨日楽健法をしながら皆さんと聴いたので、ここにそのわけを記録し、月田秀子さんの哀悼の意ともしたい。
   
   *** 見 知 ら ぬ ひ と へ ***
                   
                      山内宥厳

まり子さんがビオレッタ・パラの詩集をくれた
彼女はトクータ・ゴルディジョという
アルゼンチンの歌手をつれてきて音楽会を寺でやった
彼のフォルクローレは骨にもしみた
ヌノさんという詩人が不意に死んで追悼会があった
ギターを抱えた月田秀子さんがひとつだけ歌を弾き語った
(人生よ ありがとう)
こんなにもおおくのものをわたしにくれて……と
トクータ・ゴルディジョがおなじ歌をうたっていて
ぼくの五感にそれははまっていたのに
ぼくはそれまで知らなかった
その歌がピストル自殺を遂げたビオレッタ・パラの
愛すべき哀しい歌であったことを
まり子さんのくれた詩集の題名でもあったことを
それでぼくはひとつ謎の解けた人生に
ありがとうと声にだしていうのだ

                  詩集 共生浄土 掲載より



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