東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

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紅の記憶

昨日の続きのように
今日を生きる

一昨日の続きのように
昨日も生きた

先週の今日のように
先月の今日のように
去年の今日のように
今日を生きる

もしかすると
日々新しく生まれ変わり
昨日にはいなかったぼくが
今日をいきているのかも知れない

いつも
哲学や
文学や
宗教のよりどころのなさについて
論じ合っていたひととの間に
紙切れほどの壁ができて
二人は
地球の裏と表に行ってしまう

ぼくは
昨日も今朝も
それが一昨日だったか
去年のことだったか
思い出せもしない
はるかの過去の出来事のように
山脈をバックに
稲穂が揺れ
段落のある田園に
狂乱のさまで
阿鼻叫喚をあげるかのように咲いていた
曼珠沙華のくれないを
思い出している



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| | 08:25 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

時の谺のなかで

果たして「今」という時間は存在するのだろうかーということをよく考えます。その問いは、自分の存在じたいが実体がなく、確かめようもないことにつながるように思います。「今」は途切れなく過去へと流れ、わたしたちは過ぎ去った時の谺のなかで生きているのではないでしょうか。それは記憶のなかの時間と言えるかもしれません。

| 仮象の人 | 2016/10/20 00:15 | URL |















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