東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

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ゆうがた

 ゆうがた

うつくしいものをもっているひとは
あるがまま以上のものが匂って
見た目にも美しいものになっているように思う
そんなひとに何人か出会ったことがある

お経をあげたり
他人からの相談にのったりしながら
まいにちを生きているが
それにしても
ここにはないなにかを
どこかでしなければならないような焦燥感が
いつも胸底にしまわれていて
まだぼくはそれを果たしていなくて
ほんとうの自分にはなっていないように思えるのだ

それはいったいなんだろうか

見えていないものが
こころにかかりながら
果たさないまま
またいちにちが過ぎ
日が暮れはじめる

少年のころ
夕方になると泣いた
夕方はなにかとの別れで
とりかえしのつかないものが去っていくように思えて
涙がながれてしかたがなかった

母は理由も聞かないで
頭をそっと撫でてくれていた
ぼくはいちにちなにもしないで
繰り返せない今日を
涙ながらに見送っていたのだった

こんなことの日々の繰り返しが
少年のころから
いまも続いている

敬愛する詩人が旅立ったという
訃報がとどく
親しかった詩人の奥さんも
いけなくなったという電話がはいる

いまはなみだこそ流さないが
ゆうがたになると
少年のころの悲しみが
ひたひたと押し寄せてくる
うつくしいものについになれないまま
旅にでるゆうがたを
ぼくは迎えてしまうことになるのだろうか

















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ゆうがた

人のこころ知らずも悲し知ってなお悲しかりき秋の夕ぐれ

| momokiki | 2012/09/20 19:29 | URL | ≫ EDIT

目に映るものは
遠くに在るのではなく
目の前に在る

のではないでしょうか。

なれないはずのものは
目に映ることは
ないのだと思います。

| 無 | 2015/09/13 10:36 | URL |















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