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東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

2018年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2019年01月

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過去にパソコンで書いたものは謎になる

 くうきと椅子と  
            

 人間の存在価値などというものを計るものがあるとするなら、詩や短歌にうつつを抜かす人種は日本では軽んじられる傾向にあった。
 詩を作るより田を作れ、という古から言い習わされた言葉もあるが、田は人間に必須のなくてはかなわぬものであり、詩は無くても痛痒を感じる人はいないと、生活に追われて生きてきた古人は思ったのだろう。
 詩や歌を書くことになった人間は、変人のごとく見られ、働くのが嫌いな遊び人のように見なされてきたのである。文学などは軟弱なる営みとされてきた。平均的な日本人の判断力はいまでもその辺に止まるのかも知れない。私は楽健法と楽健寺の天然酵母パンの普及に力を入れて生きてきたかたわら、詩や劇や小説めいたものを書き、詩集も三冊出してきた。楽健法やパンの本も出版したが、プロフィールには必ず詩人なる肩書きを小さく書き、東光寺の住職などという肩書きはさほどの実感なく記載している。どうだんで自己紹介をというので、自省してみるとそういうことをしている。詩人という肩書きを記載するのは何故であろうか。世間の人は詩人などという職業はないと考えている。詩を書いてメシの食える人間など日本に数名もおるまい。
 詩人とは常人の思いつきもしないことを不意に口にしたりする奇人の類いであろうか。
 詩人という肩書きは自分で名乗るべきではないかも知れないのだが、私に詩人たる自覚がなければ、だれもがしたがらぬようなアーユルヴェーダ学会の事務局長を二十年にもわたって引き受けたりはしなかったことだろう。
 詩人はデーモニッシュでもあり、哲学者的でもあり、深い祈りを持っている宗教家でもあるという側面ももち、事を選ぶに軽率であることも詩人の資質に他ならない。
 楽健法というだれにもできて効果的な健康法を世界に広めようと発心してお坊さんになったのも詩人たる私の資質がそこへ導いたのである。詩も彫刻も演劇も楽健法も天然酵母パンも同じこころを持続して半世紀以上やってきた。こと志通りにはなかなか世に広まるものではない。詩を作るごとく私は天然酵母パンを育て生み出しこれを普遍する。
 詩は芸術であり、ジャンルを問わず芸術家に共通するのはかくありたいと形象する具体的な祈りの心・詩心である。
 昨日、楽健法の本の挿絵を描いてくれたささめやゆき氏から・「椅子」しあわせの分量・という新刊の絵本が恵贈されてきた。ささめやゆき氏は無名の頃に楽健法の挿絵を描いてくださって、後に著名になった画家の友人である。椅子はどこの家庭にもある椅子ではあるが、この絵本からは椅子が尻を乗せる単なる道具であるばかりか、人間の命運を乗せる喜怒哀楽の舞台でもあることをこの絵本は覗かせてくれる。椅子はものいわぬ哲学者でもあると絵本は私に伝える。詩人は椅子に心を感じたり同情を禁じ得なかったりする納まりきれない心をもったいきものの謂でもあろうか。ささめやゆき氏にはまどみちおの「空気」という詩を絵本にしたのがあるが、椅子も空気もあることも知らないふうに生きているのが普通の人で詩人は椅子にされている。

椅子―しあわせの分量-ささめや-ゆき

胎内に宿りし日から灰となる生命の軌跡神のみぞ知る
 
問いかける心があって何処より出でて消えるか悩む若き日

所得ぬ甲斐なき我と思いつつ肋間痛み撫で摩る夜

自明なる難問ならぬ問いかけを堂々巡りす何時の時代も

冷え込みも旅の味なり震えつつ引っ張るバッグは重き人の世

空なりと自分の在り処観じたる心に坐るあの日あのこと

向こう岸何処の河岸から渡らんか浅瀬探すや舟求むるや

五十年の歳月隔て夢枕母なにごとも語らずに佇つ

夢に見し母の裸身は妖しげに我を誘い抱けとばかりに

自分とは何者なるか思索して歌詠む謎の深みどろなり

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黒い花

詩人会議2019年1月号に掲載した詩


 黒い花      
       山内宥厳

僕の胸に棲む
黒い花が萎むとき
夜明けがやってくるのだろう
そんな思いでいままで
世界の推移を眺めて生きてきた
原爆が落とされ
故郷の街が灰燼となって
僕の家族が流浪することになり
井戸もなく
水道もない仮設の家で
池の水で命をつなぎながら過ごした頃
少年の僕の胸に
咲きはじめた黒い花が
いまも僕の胸に咲いている
家族が生きるため
錆びたバケツに
鉄屑を拾い集めて
寄せ屋に売りに行く僕の前に
立ちはだかった警官が
学校はどうした
きみは何歳か
何年に生まれたか
などとしつように誰何されたときにも
黒い花弁は育っていった
僕は小柄な不就学児童だったが
黒い花は
僕を成長させるために
花心から毒を出し
僕の胸に詩の種を発芽させ
黒い花とは何かを知るために
お坊さんに僕を育てた
少年の僕がいたあの時代の空気が今また濃厚になって
僕の胸の黒い花はいまも風に揺られている
暗い過去は足音もなく
またすり寄って来る

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