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東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

2018年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2018年04月

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抱かれた山羊



産まれたばかりの山羊がいて
少女が
山羊を抱いている

宇宙に馴染んだ
沈思黙考するような
山羊の風貌に
大樹のような落ち着きがあって
人間には
この委ね切った気配はあるまいと
思って
ぼくは山羊を眺める

星は
見えない虚空を行き

月は
経巡って日々姿を変え

地は天変地異に揺れ
風雨に晒されながら
翻弄される人間を運んでいる

山羊は
悟り切った人間も及ばない
静かな目で
明日を瞳に写して
抱かれている


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流れきて

2018 年賀状に書いた詩です。
テキストで欲しいという声がかかりましたので、ここにアップします。

通り過ぎて省みれば
わたしが歩いた道は
錯綜した
迷路なんかでなく
坦々たる直路だった
なぜわたしは
この道を歩いて来たのか
八十路のいま
わたしはいうことができる
人生において
辛いだとか幸せだとかいうものは
通りすがりの
単なる風景であったのだと
誰も何もくれないなどと
不平に思ってこともあったが
じつはすべて与えられていた
壮大な夢とか
見果てぬ夢とか
野心とかとは無縁の
生きる為のその日暮らし
読みたい本が買えて
喜怒哀楽を包み隠さず
分かち合える相手がいたことは
自然が与えてくれた
たったひとつの
有りようではなかったか

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お坊さん

 お坊さん      

時の暗闇から
ぬっと現れて
不思議なうなり声で
訳のわからぬ異国語を歌い出す
頭を丸めて座るひと
そんな人に出会った幼児期の
薄明な記憶があって
その時の場の匂いも覚えている
普段には見られない
両親の神妙な顔を
怖い物を見るように見上げていた
鐘がチンちんと打ち鳴らされ
うなり声が尾を引くように長くなると
坊主の頭から目を逸らした人が
指でつまんだ抹香を額に献げて焼香する
私は今日も護摩壇に座って
後ろで般若心経を唱える声を聞きながら
子供の頃に
お坊さんの光る頭を眺めながら
母に伴われていた
朧な記憶が不意に浮かんでくる
なぜ私がこうしているのかは
自明にして不明の謎だ
説明すれば人生の謎が解明できるのか
護身法の印を結ぶ
結界した
私と佛と信者とが集う
この空間は
見えない何かが
私に与えた
火と闇の狭間に違いないが
私はいったいどこからやってきて
お坊さんなどに
変身してしまったのだろうか
時の暗闇に
問いかけてみる

 
 ※ 詩人会議 2018年5月号に掲載


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 東光寺での護摩祈祷

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