東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

2014年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年02月

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闇をつくる

神々の
呼びかけに
応えるものがいない

起きていることに
両手で
目を蓋ぐ

目隠しした
指の隙間から
観察して知っているのに

地に捨てた
食べ残し
地に棲む菌たちが群がって
分解し
土に戻す

福一から
飛散する見えぬものは
日も土も海も
浄化の敵わぬ
悪魔の排泄

増える




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Last leaf 最後の一葉

観音の
前に置きたる
菩提樹は
ぽとんと毎日
葉を落とし
最後の一葉どれかなと
観音さまは
眺めてる

善哉
善哉
 
落ちてのち
また生き返る新緑の
しっぽある葉の
楽しさよ

B7NtgAWCYAA57kS.jpg

| 東光寺山博物誌 | 19:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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楽健法元年

踏めば楽
踏まれたら健
踏み踏まれたら楽健法

楽健法は
互いにやさしく
手足の付け根
指先まで
踏んであげたらいいのです

年をとることは
だれひとり避けられないが
生老病死の四苦も
楽健法をすることで
お産は軽くすみ
老いても介護されず
疲れて帰る息子や孫たちに
笑顔で楽健法をしてやり
分からぬことにはなんでも答えてやり
近所の家から声がかかれば
出かけて楽健法を教えてあげる
家族がみんなで踏みあえば
歩けなかった人が
楽健法をできるひとになったりする

老齢社会を
みんなが健康に生き抜くために
覚えやすく取り組みやすい
楽健法を広める時代
楽健法元年がやってきました
 

※この詩は「楽健法だより」第0号2015年1月1日発行に掲載しました。
http://www2.begin.or.jp/ytokoji/rakkenho/tokojidayori/rakkenhodayori.pdf
ダウンロードしてごらんください。

IMG_3174.jpg

| | 16:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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