東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

2014年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年01月

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鳥見山


ここは山
山というより丘か
とんこじやまと呼ばれ
ものの本には
東光寺山は
残丘とも書かれている

ある万葉集の解説本に
磐余の山は
とんこじやまのことだろう
とも書かれている

庫裏から見下ろせば
街並みは
鳥見山の麓まで広がり
朝日は
鳥見山の向こうから登って
東光寺の障子に
木漏れ日が射し込む

東光寺に止住すること
四半世紀

時の流れは
中年男を
老人の年齢にさせたが
気分は
壮年期のまま
久方ぶりに会う知友は
昔とちっとも変わらないですね
などと真顔でいう

昨日
青空に透けて見える
上弦の半月が浮かんでいて
月に重なって
伊丹空港に向かう
銀翼が煌めいていたのを見た

今朝は
鳥見山から立ち昇った雲が
街並みに被さって
どんよりと空気が動かず
背後の音羽山は
墨絵の白さで
稜線を眉のように伸ばしている

今日は十二月三十日で
餅つきの日

東光寺にご縁のある
楽健法の仲間や
アラスカの客も来て
台所は大童
三段重ねの蒸篭に
先ほどから
蒸気が
勢い良く
立ちのぼり始めた

















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| 東光寺山博物誌 | 13:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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パン作りの長い一日
やっと終えて東光寺へ帰る
石段を踏みしめながら
最初の曲がり角で
わたしはきまって街を見下ろす

月明かりに
街はしんと静まっている

マニスがいたころは
ここまで甘えながら出迎えてくれたものだ
クロガシの葉群れに
月が光り
マニスの真っ黒い毛並みにも
月が落ちて光っていた

思い出はいつでも
月の光りのようにやさしい

庫裡へはいると
座敷は冷え切っているが
暖房をかけ
石段を上がってきた息を整える

湯を沸かし
お茶をいれ
小さな湯飲みに注ぐ
手のひらに
伝わってくる温もり
湯飲みを眺め
ゆっくりと味わう一服の茶

襖には
龍がいる
友人が送ってくれた墨絵
四本の足で
虚空を掴みながら
龍はさらに天の高みに登っていく

机の上の
湯飲み一個
陶器の感触から
作ったひとの思いが伝わってくる
湯飲み

龍は天を目指し
私は茶を飲みながら
こうしていまここにあることの
不可思議を考えている

FullSizeRender-1.jpg
湯飲みをさきほどパステルでスケッチ

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明け方
奇妙な夢を見たが
これから
夢の中で
なにかをしなくてはならぬ場面で
掛ってきた電話に
夢を破られた

夢に意味があったかどうか
反芻しながら庭に出る

風止み
疎らになったもみじの枝
火鉢池の
メダカの水面を
落ち葉がすっかり覆っている

取り除こうと
右手を入れると
水は
冬の気配で
冷え性の手には
辛いほどつーんと冷たい

ここ数日
餌を浮かべてやっても
メダカが浮いてこないのは
冷え切って
運動意欲を失ったからだろう

枯葉は
庭を埋め尽くし
地面も見えないモザイク模様には
まだ熊手を入れず
しばらくこのままにしておこう

明け方の母の夢
母は胸をはだけて
半裸になって
どこか狭い部屋で
敷布団から
上半身をはみ出し
浴衣の裾で前だけ隠して
昏睡していた

僕は母に
楽健法をしようとしていたのか

朱のような肌色で
痩せた太腿は
目に眩しく生気を放ち
僕は立ったまま
見下ろしているのだが
生前母に楽健法をしたことはない
と思いながら見下ろしていた

母はいまも僕のなかに生きていて
かくもなまなましく僕の前に姿をさらしている
落ち葉を踏んで庭を歩きながら
はっとした
今日は母の命日だ

IMG_2845_convert_20141210231755.jpg













| 東光寺山博物誌 | 22:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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