東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

2014年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年12月

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目的

物作りには
完成があるが
人には
完成がない

完成したともし本人が思ったら
悟りを開いたと宣言する
馬鹿と同様で
インド思想の究極目標は
ニルバーナに置かれてあるが
目標に向かって努力しても
必ず未完におわるものだ

悟りを開いた状態を
人は夢想して
未完であることを自覚する

未完であることは良きかな
詩人は
おろかで無知で救いがたいという
未完の自覚によって
詩を書く

完成した人には
ものを創る必要などない
もうそれ以上することがなくなるからだ


未完の人が
完成するのは
全ての衣を
脱ぎ捨てた時
物言わぬ
一枚の位牌になって
線香に燻される
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白紙

値段の記入されていない
ビルが
席を立とうとする
私の前に置かれてある

店内は
雑談が飛び交って
詩作する
雰囲気は
遠ざかった

私は
間も無く
雲へ向かって
飛翔する
小さなプロペラ機で


jac.jpeg

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幻雲

遠い日
未来でも
過去でもない
何処かの
遠い場所に
私は居て凝視めている

思念は距離を選ばず
時空をも超えて
私の居場所は
いつも薄明の
幻雲に包まれている

雨季のように
閉ざそうとする
天地の意志が
何処へ
私を連れ去ろうとするのか

幻雲を切り裂いて
斜光する
矢の眩しさ
全き闇に
私を包もうとする何か

泥濘に
埋もれた
沢山の手が
虚空を掴もうと
闇のなかで蠢いている

裏の竹藪がざわめき
家の前の海が
寄せては返す音が
時が流れてあることを
知らせている

私は早く来過ぎた
空港の喫茶店で
夕べわが身体に起きた闇
闇のなかで空虚になった自分を
振り返っている

雲よ
蒼空よ
曇天の運ぶ雨季よ
私を連れ去る時には
繁吹く一瞬の雨を降らせてくれ


cloud.jpg

森田童子 さよならぼくのともだち




| | 08:10 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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出会った歌

若き日に
素通りして出会わなかった
歌手などを
いまごろ知って
youtubeで聴いている

いつごろどこに
ぼくの青春があったのか
いっぱい背負っていた
重い荷物にひしがれながら
生きていた若き日

心に沁みる哀調の歌
甘酸っぱい未熟の思いを知らず
中年の男のこころで生きていた
あの頃
なんという過酷な日々だったことか

そんなことを思いながら
今朝はマックを起動して
森田童子の歌を聴き
あがた森魚の
赤色エレジーなんかを聴いている

風が吹き雨が降り
地震があり津波があった
オリンピックや放射能
まだまだこれから荒れそうな
日本列島にへばりつきどこまでつづくぼくの明日



森田童子 さよならぼくのともだち

| | 14:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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冬に向かう

手が凍える
冷えた指先にまで
回りきらない
母胎から受けたながれるもの

四季を問わず
冷え性の私は手を擦って掌を眺めたりするが
子供のときからの
冷えが作った習慣だ

すっかり紅葉した白雲木の下で
火鉢池は枯れ葉を水面に浮かべ
餌をもって私が近づいても
メダカは水面に浮かんでこない

枯れ葉を拾おうと水面に手を入れると
冷えた私の手よりも冷たい水が
季節が向かっている先を感じさせ
水藻をかき分けるとメダカの魚体が白く光った

冷気はメダカを動かなくさせるのか
水は取り替えもしないのに
水藻の働きなのか
汚れた気配はさらさらない

火鉢池のメダカは
三年前にはヒメダカだったが
世代交代して先祖返りしたのか
白魚のような白さでなんだか脆そうだ

明日は講習会なので前泊の客がいるが
夕食にはまだ時間があって
私は白雲木の紅葉の下で
手を擦ったりしながらメダカを見下ろしている


庫裡の庭




| 東光寺山博物誌 | 18:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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辛子漬け

沢庵を
練った甘味辛子にまぶして作る
辛子漬けが好きだが
沢庵も
市販品は添加物だらけで
保存料や毒々しい黄色いものなどは
口にする気になれない

気に入った沢庵に出会えないので
辛子漬けは
母が作って常備していた
思い出にとどまっている

新潟の六日町
龍谷寺へむかし何度か訪問したが
客に出す茶に
自家製の沢庵が出される
百貫の大根を毎年漬け込みますと
方丈さんにお聞きしたが
古い寺の
夏でもしんと冷え込むような
大きな台所のどこかに
百貫の大根の漬け物樽が
鎮座している様を想像して
かような贅を楽しめる大寺の様子を羨ましく思った

ぼくが辛子漬けが好きだと知って
手製ですと
くださったひとがいて
開くと茄子の辛子漬けで
かなりパンチの効いた辛さであった
昼食に取り出して
鼻先を押さえながら頂いた
つーんとくる刺激に涙ぐむ
人は悲しくても嬉しくても辛くても
涙ぐんだりするものなんだなどと思いつつ
あ 
五観の偈を唱えないで
食べてしまった


nas7e.gif








| 東光寺山博物誌 | 13:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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土塀と磨崖仏

紅葉を見ようかと散策して行った
東明寺の土塀を眺めて
池田克巳の法隆寺土塀という詩を思い浮かべたが
池田が眺めた終戦直後の
法隆寺土塀は
これほどには朽ちていなかったのではないか
霜柱が立って
踏めば音を立てそうに見える
本堂前の湿った庭は
猪が昨夜にでも掘り返した跡なのだ
もみじの大木が
鮮やかな赤に紅葉して
本堂の周りだけだが
晩秋の色とりどりが迎えてくれる
晩秋が訪れる庭には
冬が待ち受け
春がまた巡ってくるが
我が身に訪れる晩秋は深まるだけで
来世でもなければ春がやってくることはない

さらに足を伸ばす
磨崖仏の待つ
海瀧山王龍禅寺
門前の明るい景色から見ると
山門が切り取った奥はほの暗く
杜の闇に吸い込まれるように入っていく
不揃いの石段
参道の森林は荒れた雰囲気だが
樹齢は人間の営みの域を超えて
下界など関係なく闇を構成している
磨崖仏の十一面観音は
崖から切り離されてお堂に納まったのか
本堂の建物に取り込まれて
ご本尊に祀られている
右脇には不動明王
蝋燭の炎に照らされて
優しい風貌を
こちらに向けている
おんまかきゃろにきゃそわか
真言を唱えて無心になる
仏や神におねだりなどするものではない
サンクチュアリに鎮座まします
動けない神や仏には
そこに居てくださって有り難うと
お礼を言って失礼させていただくだけだ
紅葉の動かぬ寺の土を踏む

 土塀
磨崖仏













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大寒

 ※ この詩は十年以上も前かと思いますが、日本未来派に発表したものです。
 ときどき流れてきて記憶していたある歌の冒頭に「大寒町の、、、、」という哀調を帯びた歌があって、そのおおさむ「大寒」という語彙に惹かれるものがあって、そのインパクトから、「大寒」というこの詩を書いたのです。それがあがた森魚の歌だと知ったの今日のことで、赤色エレジーをyoutubeで聴いていたところ、大寒が出てきて、ああそうだったんだと納得した次第でした。詩は書き下ろしでなく、再掲ながらあがた森魚の大寒を聴けるようにリンクしてアップしました。


  大 寒 

冬になると
ぼくは崖っぷちに追いつめられたような
うれしくないゆめをみる
転々と一家でさすらっていて
水もトイレもなんだかままにならず
現実には存在しなかった奇怪な場所
床が傾斜したぼろぼろの家で
つぎつぎとカーテンや扉をあけてそれをさがしている
尿意がいざなってくるそのゆめからさめて
あ、ここにいた、とぼくはおもう
再眠がなかなかやってこなくて
こんどはめざめたままでゆめをみている
ゆるやかに起伏する丘
眼路のかぎり森は広がり
濃紺に輝く山が裾をひろげている
そんな風景がめざめたゆめの底によこたわる
幼時三輪車をこぎながら眺めたふるさとの風景だ
まんまんと水をひそませた田園を歩いて
縄文のひとのように野草を口にふくんだりした
記憶のなかの風景にさらに絵の具を重ねて
みている画布は
もうなくなってしまった場所にある
東光寺の杜を寒風がわたって木々を揺する
冷え込んでくる大寒の朝
不幸なときにしあわせをゆめみるひとのように
マニスとソの字にならんで
いまいちどねむりに落ちていく



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おお大地よ


光があって
認識しているもの
闇を経て
そうかと納得出来るもの
あるのに無いと思ってるもの

ひとは神を創造し
その神が
無空から大地を作り
土や塵から
ひとを創造したと想像した

その神は人間を護ってるのか
人間こそ創造した神を
守らなくてはいけないのだ
神の作りたもうた大地
サンクチュアリィを汚したりしないように

白砂青松の景観を遮るような
巨大な防潮堤を作ろうと考える
被災地の行政に
抗議の署名活動があって
iPhoneのボタンを押したりする

巨大な津波を
感動してみんなで観察出来る
安全快適な生活空間を計画する
そういう計画を立てるような
愉快な政治家が出て来ないだろうか

私はいま
この時点に活かされていて
ひとが歳月をかけて作り上げた
飛行機や新幹線や地下鉄に乗って
iPhoneを開いたりしながら移動している

地下鉄の轟音に包まれて
下車駅を気にしつついまこれを書いている
詩はだれの役にも立たないか
立ち上がった私の背後から
神が微笑しながら読んでくれている



| 未分類 | 17:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ふたつの影が
寄り添って
夕陽に伸びている
結んだふたりの手も
夕景の道に貼り付いている

陽が落ちても
影は大地に焼き付いていて
多くの靴が
影を踏んでいっても
二度と消えることはない

老いさらばえた白髪の詩人が
夕陽のなかを歩んだ夕方を思いだすと
道に焼き付いた影が立ち上がって
目と目を合わせながら
尖った三日月に向かって歩きだす



shadow.jpg

| | 22:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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掌に

握りしめたる

運命を

味わいつくし

旅に出る

朝に咲けよ

朱き花々

IMG_1928.jpg

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流れながれて

まだまだこれからだ
なんて思ってるうちに
非情にはやく
歳月ながれ
終わり間近いこの齢

生まれは昭和の二桁はじめ
戦争あって負け戦
半端に育った軍国少年
生まれた四国の小さな家を
一家で捨てて流転した

浪花節かよこの年に
なってもいまだに少年で
損得計算できぬまま
人に請われてあちこちへ
新幹線や飛行機旅

時折開くパソコンの
ユーチューブで聴く音楽は
あがた森魚や森田童子
暗い昭和の歌ばかり
今朝も聴きつつ旅支度

間もなく出かける時間だが
荷造りなんだか納得いかず
入れた荷物をまた出して
片足だけの靴下で動き回っていたことに
やっと気づいて履きました


| | 10:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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書く


いい詩
暗い詩
明るい詩
詩を書きながら
泣いてます

たとえ昨日がなくっても
明日という日がなくっても
万年筆は過去の枝
マウス握って右左
いまこの瞬間に生きている

詩人の瞳輝いて
たとえ現実暗くとも
虚構に描く詩のなかで
可能性の感情を
胸に感じて書いている



| 未分類 | 09:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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望遠鏡

子どもの頃から
想像していることだが
生まれたばかりの赤ん坊は
母親の乳房しか見えず
日にちが経つにつれて
顔が見え
やがて数メートルさきの
背後の壁や天井も見え
父親や祖父母の顔も見えるようになり
他人の顔も見えるようになる

生まれてから
長ずるにしたがい
遠近の距離が伸び
十メートル
百メートル
千メートル
水平線や地平線まで
見えるように
目が発達してくるのではないか

自意識をもって
ものを考え
直感もはたらくようになると
視力に洞察が加わって
他人のこころのなかも
手に取るように
見えるようになってくる

視力は数字だけで
計量するものなんかではないだろう

見る
感じる
把握する
哲学もするような目

望遠鏡なんかでは見えない物
それが見えるようになったとき
ひとは人間になる

images.jpg

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