東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

2014年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年11月

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神話

謎が歩く
問えば誰かが
答えを出してくれるわけではない
無明という
無知ともいうが
繁茂した山に迷い込んだまま
出てこられない魂がある

自らを
用無しだとして
果てていった
親しい人たちがいた

いやそれは
正確ではあるまい
無用の人でなく
そこに不可欠の人として
存在していたことを
僕は知っている

自分を拭い去って
掻き消して
異次元の何処かへ
行ってしまおう
そんな強い意思が
なぜ
あの人たちを捉えたのか

無縁の人が
何処かで死んでいっても
天も地も
また人も
あるがままだ

あってもなくてもいい
そんな人生に
存在の意味があるのか

経典も聖書も
自問自答に
深く応えてくれるわけではない

心通じていたひとが
ある日
不意に消える
鉄路だったり瓦斯だったり

知らされて自覚する
非力なるいきもの

不断の日々
一本の電話が
鉄路に果てた人の
終焉を伝えた時
残されたものに劇が起こる

消しようのない痕跡が
ガラスに付けた傷のように
尾を引いている

僕もまた
幾たびも輾転反側したものだ
この不条理な与件に置かれてある
忌まわしき日々

だが僕はそうはしなかった
心に勝る身体の意思が
次へと突き動かしていたからか

座る
ここにいるのは
遺伝子のままのわれか

互いに
苦悩を交換しながら
僕の前を通り過ぎて行った
人と人

樹々のそよぎや
小鳥の声が聞こえなくなってしまい
僕の耳が閉ざされた時
僕は見るのだろう
延々と生き続けてきた人間が
明日からも永遠に
救い難い思いを抱きつつ
また一から人生を始めていく様を


IMG_1524.jpg






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家族の肖像

今は昔
雨漏りがする平屋の家屋が
二階建ての家に挟まれて
身を竦めるように建っていた

家には
物心が付いたばかりの
幼い男の子がいて
姉がいて
父と母がいた

こうした家にも
節気には仕来りがあって
年の暮れには
座敷の棚に
柳のふた枝が結び付けられ
紅白のピンポン玉のような餅菓子が飾られ
滅多に冗談も言わない父が
それを作り眺めては
黙って主の定位置に戻っていく

親父というのは
雷が形容詞についていたものだが
わが父も
時々は雷火となって
家族を翻弄する

かくあるべしという
一筋の信念に
妻や子のざらっとした不用意が触れると
火を噴くことになるのであろう

小柄な痩せた男の
どこに潜んでいたろうかと思うような
エネルギーが
小さな家の屋根まで吹き飛ばしそうに
破裂するのである

神も仏もいないと確信しながら
神棚に餅を供えたり
注連飾りをつけるのは
身についた習俗ゆえであろうか

僕は父の死んだ齢を越え
かつて父が苦しんだ宿痾を
遺産に貰ったので
昨夜も羅音と咳に目を覚ました

父母の恩
重きこと限りなし
理屈でわかる人の有り様と
生身に受けた
雷雨の記憶がせめぎあっても
思い出すのは
小柄な男が
居間にちんと座って
私を見ながら微笑している姿である





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