東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

2014年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年03月

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白湯

見上げると
黒ずんだ天井の太い梁
梁を支える柱に
細長い鏡がかかっていて
だれかが部屋を横切る度に
鏡がかすかに揺れ
なかからだれかが僕を覗いている

小便に起きようとした僕は
鏡の奥の暗闇が怖くて
母を起こす
母は立ち上がって部屋の電灯をつけ
はいといって見ていてくれる

廊下のくらがりに
部屋の灯りが漏れて
開け放った便所に
斜めに光が届く

僕は震えながら小用をすまし
部屋へ逃げ込む
布団を目深にかぶって
そっと鏡を見る

鏡にはだれもいない
天井の梁も
闇に溶け込んでしまい
僕はふたたび眠りにつく

まな板がことことと刻まれる音を立てて
早朝に母が台所で立ち働いている
竃の煙が部屋にも巡ってくる
三つ並んだ竃の右端では
大きな鉄鍋で白湯が煮えたっている

父祖伝来の習慣で
竃に薪を絶やしたことがなく
我が家では鉄鍋の白湯が年中沸いている
近所の子供が
どぶにはまって汚れたりすると
ここにいつも湯があることを知っている母親たちが
バケツを下げてもらい湯にきたりする
急須の番茶も
柄杓で鉄鍋から汲みあげるのだ

先日
庫裡に小型のガスストーブを購入した
おおきな薬缶を載せて
白湯を沸かしている

人がやってくると
まず白湯を差しあげる
湯気の立つ熱い白湯を眺めながら
鏡の奥から覗くだれかや
天井の黒い太い梁を思いだし
一日に何度も
白湯を飲んでいる






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| 東光寺山博物誌 | 21:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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雪が降る

窓を叩く音
後楽園球場のドームが見える窓に
風に叩きつけられ
くっついて流れ落ちる白いもの

さっきまで夢を見ていた
疲れた足を引きずって
空襲を受けた焼け野原を歩いている僕
一望家屋なく
かつての街に道路だけ残して
赤く焼けた壁土と瓦が
わずかに盛り上がっている焼け野原
拾い集めたトタンを組み立てたバラックで
人が暮らしていた時期があった
頭が支えそうな低いトタン屋根は
釘の穴があいていて
寝転んで見上げれば星のように見える
母は夏布団をかけて伏せっていて
父が母をのぞき込んでいる
どうかしたのと聞こうとして目覚めた

ホテルの窓から
雪が降る
東京の街を見下ろす

降りしきる雪が視野を遮り
夢のような記憶のなかへ誘われる
ぼくは空襲で焼け野原になった
故郷のあの夜のことを思い出していた
迫ってくる火の手を見ながら
さっさと逃げろ
父が大声で僕らに怒鳴り
僕は両親も姉のこともすっかり忘れて
弟と手をつないで必死に走った

七十年の歳月が流れたが
あの日を忘れないために
いまだに一人芝居を演じて
人間がいかに時代に流されていったか
語り続けている

がらんどうは歌う

だれもが通り過ぎるだろう虚と無
あまりにきびしくしかも甘い心のゆらぎ

雪が降る
天から降りる白いものは
ひとを静かに
記憶の塔の
取り戻すことのできない
高みに吸い上げていく

















| 東光寺山博物誌 | 18:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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冷え込んだ朝に

ひとがだれかと出会うのは
偶然のようだが
挨拶を交わしてそれっきりという
行きずりではなく
その後の人生に
大きな影響を及ぼす
出会いもある

生まれ落ちた自分の生家は
選択を許されない宿命には違いないが
ひとは長ずるにつれて
巣立ちする小鳥のように
羽ばたくようになってくるのだろう

だれかと出会うということは
いのちを統べる大きな意志の媒介かも知れない

閉じこもってしまうひとや
病気に逃げ込んでしまう
いかにももろいひともたくさん知っているが
どんなひとにも
自分を変革できるような機会が
見えない源流から流れてくる

ぼくが抱き続けていまだよく分からないのが
ひとは何故そこに住んでいるのか
なぜぼくはここにいるのか
はじまりはどこにあったのか
という素朴な疑問である

1976年の桜の季節
観心寺の如意輪観音のご開帳日に
門前の阿修羅窟で出会った
丸山博との出会いも
束の間の挨拶に終わっても不思議ではなかったが
話し込んでいるうちに
その後の僕の人生を大きく変革する出会いだった

アーユルヴェーダ研究会と有害食品研究会
ふたつの事務局長を引き受けることとなった出会い
真言密教の沙弥であった僕に
親しくなった師は
君は僧侶だろう
不惜身命なんてこと知ってるよね
などと冗談をいいながら
大きな負担でもあったが
得がたい鍛錬と学習の場でもあったのだ

インド医学や
日本の医学の現状
進歩し続けてるという科学や医学の幻想
ひとが凭って立つ地面の不確かさ
曖昧なものさしを持って尺度とすることの愚かしさ
そういうことを
身をもって学んだ出会い以後の人生だった

楽健法と天然酵母パンを生業としながら
僧侶の本分とはなにか
などと自問しつつ歩んだ後半生

さて
と僕の思考は立ち止まる
これでいいのか
全うしているのだろうか
もっとやるべきことが待っているのではないか
などと自問しながら
インドのマナリ
レーリッヒの終焉の地
ヒマラヤ山系が見える写真を
デスクトップに貼り付けたパソコンに向かって
こんなものを書き連ねている

旅支度は整った
数日間の小さな旅 
福山から東京へ
いまから出かける

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丸山博先生


丸山博先生の文献・社会医学におけるアーユル・ヴェーダ研究 の現代的意義 丸山博




manariレーリッヒ終焉の地 マナリのホテルからヒマラヤを望む

| 東光寺山博物誌 | 11:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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時の埃

十代の頃
五十五円で三本立てなどという
場末の映画館にうつつを抜かした時代もあったが
ひとびとが昔のように
映画をあまり見なくなったいまでは
映画館のスタイルはすっかり様変わりしてしまった

エレニの帰郷という映画を観た
帰郷とは懐かしい響きの言葉だが
テオ・アンゲロプロスの
時の埃という原題の映画は
エレニの帰郷として上映されていた

帰郷する懐かしいふるさとをもつものはさいわいであるが
私が展墓に帰郷するふるさとは
眺めて止まぬ懐かしい場所ではない
戦争の惨禍を受けて
半世紀以上にわたる時空を彷徨うことになった
出発の地だ

映画は時の埃をはらって
ギリシャやシベリアやアメリカで生きた
エレニの姿を点描する

エターナルトライアングル
それがなければ生きられなかったろう
追い求める愛の不毛を
愛の空しさを
愛の真実の那辺にあるのかを描いて見せる

時代を動かした
スターリンが死んだ日に
やっと巡り会えた恋人と引き裂かれて
シベリアへと拉致されていく男と女

ぼくは
スターリンの死を
ラジオが報じていたのを
なぜか安堵した気持ちで受け止めた日のことを
漠然と覚えているが
映画では
ロシアの辺境の広場
スターリンの銅像の前に
群衆が集って泣いている声が聞こえてくる

男の背中しか写さないクローズアップ
窓越しの背中の向こうにエレニが立って
他の女と暮らしている男を見ている

歳月は多くの謎をつくる
探し求めた男は
長い歳月のうちに
記憶のなかで時を埃に埋めたのか
全うできないもどかしい人生をいきて
男と女が
ふたたび巡り会って
あらたな伝説をつくるのか

合わないモザイク模様を見せながら
二十世紀の終焉とともに
なにかが確実に死んでしまったことを描いたように
テオ・アンゲロプロスは
不慮の事故で
粉雪の舞う時空へ姿を消していった



聴いてみてください。悲しみが指からしたたり落ちるような哀しい美しい音楽を。



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