東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

2013年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年01月

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あやにかなしき

YANN TIERSENの
NAVALという
ピアノの音が
やさしく耳朶をなでる

明日は正月なので
すこしばかり
お気に入りの日本酒に
唇を触れて気分を新たにする

餅つきも
本堂の護摩壇の準備も終えたので
マックを相手に
移ろいゆく欺瞞の多いネット世界を
垣間覗いている

薔薇の花を書いた詩があって
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  そうびによせる

 薔薇ありて
 霜降りかかる
 庭に咲く

 薔薇ありき
 自ら持ちし
 鋭き棘が
 己を刺すか

 薔薇が身に
 訪なうものあり
 美しきが故に
 自らがまねく
 罪過のごとく

音楽のリンクがあって
そこをクリックして流れてきたのが
YANN TIERSENのNAVAL

聴きながら
つのってくる悲しさは
胸に宿っている記憶のせいではないだろう
いまこのときがいちばん悲しいのかもしれない

この曲は
近く公開される
鉄屑拾いの物語という
映画の冒頭から流されるという

私には鉄屑を拾って
警官に誰何されたりしながら
一家の手助けをしていた
子供の時代があって
バケツに拾った鉄屑の重い感触は
いまもずしーんと手のひらに残っている

砲兵工廠の跡地で
アパッチ族が活躍したころには
ぼくの鉄屑拾いは終わっていたが
朝鮮戦争がはじまったので
ぼくらは鉄屑拾いで
いのちのいくらかをつなぐことができたのだ

靖国参拝の総理の暗愚
辛酸を嘗めないでいきる人種には無縁の
世界平和

やがて
来るであろうか
ふたたび
あのような暗黒のなかから
立ち上がらねばならない時代が

東光寺山は
明るい日差しに包まれて
小鳥の声は
やさしくきこえてくるが
山の主は
ピアノの音色に耳をかたむけ
過去へと誘われる











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てふてふが一匹

東光寺に暮らし始めたのは1991年
桜が満開の日にやってきた
その秋に
天涯孤独の捨てられた黒猫を
優しい友人が拾ってきて
僕の腕に抱かせた
黒猫には因縁めいた借りがあって
ぼくは一緒に暮らすことにした

ひとなっこ過ぎるマニスは
ぼくの足にまとわりついて離れず
ぼくは台所で転げそうになって
思わずつよく蹴飛ばした
マニスのこころにぐさっときたのか
哀しげな声をあげて
廊下の隅の積み上げた箱の隙間の
見えないところに姿を隠した
爾来ぼくは
二度とマニスに哀しい思いをさせまいと思った

ぼくが毎月仕事で出かける
数日間の留守をじっとひとりで我慢しながら
二十年余が過ぎた年末に
マニスは息をひきとった

どこの猫を見かけても
マニスにまさる
猫あらめやも
などと思い出す

ときおり魂魄相通じるのか
座敷に小鳥が舞い込んできたり
蛙が座敷に出現したり
蝶がやってきて
頭をかすめたり
僕の腕に羽を休めたり
マニスが走り回ったように
部屋のなかを飛翔したりする

明日からまた
ぼくは毎月の旅に出かける
行ってくるからね
とマニスに声をかけて

東光寺山は
しんしんと冷えはじめて
マニスの小さな墓石も
寒そうに落ち葉に埋もれている




th_R0015221.jpg 東光寺への石段






| 東光寺山博物誌 | 11:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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長夜がやってくる

政治のことなどは
どうひいきめにみても
詩のテーマにふさわしくないが
秘密保護法などが法律になってしまうと
詩もうかうか書けない時代が
黒雲のようにやってくるかも知れない

軍国時代だった
私のこども時代には
詩人や画家たちも
戦争を賛美する詩や絵をかいたりして
戦争責任を問われたりした

批判精神を持つことはあっても
それを書けば投獄され
獄死する運命が待っているかも知れない
戦争を賛美することで
死にゆく若者を鼓舞することにもなった

与謝野晶子は
ああ弟よ君を泣く
君死たまうことなかれ
などと反戦歌を書いたりしたが
国民が
批判精神をもつことは
政治がもっともおそれることだ

ものを考えない人間にするために
書物を焼き払った焚書は
古代から圧政の政治家たちが
繰り返したことであった

万国の労働者団結せよを叫んだ政治体制も
圧政を敷いて自ら崩壊し
思想なき時代に張り巡らされたインターネットは
監視を増やして焚書ならぬ削除をし
圧政の実態を知らせたりすれば
秘密保護法で刑務所にいれるぞと焚書の技を振るう

自民党は
民主党が敷いてくれた愚政の反動で
長年の念願かなって
自由に圧政の鉈を振り下ろせる時代がやってきた
いまやだれもこれに逆らえないのだ

原発事故も
放射能の末永い影響も
ふたをしてしまえばなきに等しい

今日の新聞記事では
石破幹事長がブログで
マイクの大音響で反対を叫ぶのはテロである
などといいはじめた

自民党の存在そのものがテロではないか
原発の存在そのものがテロではないか
そういう政治家を送りだした
選挙民もテロリストとはいえないだろうか

気づくにはもう遅いのか
均衡は壊れてしまって
断末魔までいかないかぎりは
気づく日はやってこず
光が射してくることはないのであろう
昭和20年8月15日のような敗残の日や
再びの大地震や原発事故で
だれも住めなくなった大地に雑草が覆うまでは

fullmoon.jpg



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