東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

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短歌結社 どうだん投稿短歌集

2013/11/12 次号の投稿を追加アップしました。

         徒 然 歌(どうだん投稿歌)
                      山 内  宥 厳


どうだん【2013(平成25年)11/12月号】
             
時たまに通る道辺に深々と闇抱え込む鎮守の杜よ
神の杜なに思うらん枝を切り樹霊も宿れぬ無残な形
オブジェかと思うばかりに切られたる樹形を見れば心が折れる
散る落ち葉掃除に手間がかかるとて鎮守の杜を裸形にしたか
数日後満開だなと見上げたる桜を切りし地主もいたり
もの言わぬ樹木の芯を流れいるいのちの水が樹霊ならんか
切り捨てて積み上げられた杜の木よセモガチュパットスンプと祈り
切ったひと間もなく病んで身罷って樹霊のせいだと思いたき我
葉擦れ哀し東光寺山の落葉樹夕陽を浴びて朱に染まる
近づいた台風の音聞きながら旅支度する風邪気味の我


どうだん【2013(平成25年)9/10月号】

満たされてあったことなし欲望の欲しがりもせぬ我になりても
禁欲の教えを説いた釈尊の教えの道や艱難辛苦
欲張って生きることこそやさしけれ拝観すれど道は歩まず
破滅する淵まで落ちて気づくのか気づかぬままか原発の湯気
ひとはみな欲望のまま生きてあり気づかぬ人に教うすべなし
欲望を肯う教え身につけて同行二人楽健法する
かくあれと教えを説いた聖人のさもありなんや背きたき我
病んでみてはじめてわかる難しさ制御しがたき自分のこころ
思うよう生きられるならなにほどの苦しみあらん気持ちのままに
蜩のいんいんと鳴く夕暮れに仏伝読みつ我とは何か


どうだん【2013(平成25年)7/8月号】

ほのあかく染まる西空不思議なり丑満時に工房へ行く
二時半に目覚ましかけて床に入る四時間半は眠らせてあれ
つぎつぎと工場が消えてまだ生きるパン工房に明かりを点す
壁に這う掌ほどの大蜘蛛にどこから来たかとカメラを向ける
パソコンのフェイスブックで人々に蜘蛛や百足や蛙を見せる
唐辛子袋に入れてピン止めす腰痛冷え性忘れて動く
数キロは病んで痩せたる背を眺むわれも苦悩す掻痒の日々
やってくるものに従う日々なれば異変ありとてふためきもせず
まだまだよなどというのは本心か寄る年波も忘れて動く
しっかりと深く地中に根をおろす東光寺山の樹木やさしも


 どうだん【2013(平成25年)5/6月号】

赫々と朝日に映える紅の本堂の前木蓮見上げ
連れ合いの病んで痩せたる細腕を支えてトイレへ点滴のまま
こわれそう掌に入れ愛おしむ刻のながれよ痩せ細るひと
手術日は宍道湖近い教室で時計にらみつ仏教法話
ソファーにて一夜を過ごす白壁の闇に呼ばわる起こしての声
一時間ごとに目覚めて点滴のポール支えに横歩きせり
手術後の遅速に歩む妻の手を支えて深夜トイレに起きる
痛がりし妻はいかにと病院のソファーで目覚める薄明の朝
二日目は黙って起きる気配して歩幅も広くトイレへ向かう
見上げたる木蓮のいろ濃艶で楚々たる白を脳裏にも見る


 どうだん 【2013(平成25年)3/4月号】

ほろほろと淡き緑のきぬさやの苗伸び始めたり枯れ葉の畑に
日当たりの少なき山に沁みるごと朝日をあびてきぬさやが伸び
さくざくと落ち葉踏みしめ冬枯れの東光寺山の畑を歩く
じんわりと水を含んだ今朝の畑汀に沈む足の感触
冷え込んで霜焼け出来た右足の指の先には朱色の痒み
何日か何曜日かも消し飛んで何事かするわれ何者か
左足指に痛みがありました靴下替えたり靴試したり
健康の先生なればいずこにも不具合なしとうまくはいかじ
大和路の没日の下に佇みて光の海に溶けてゆくわれ
あらあらと思う間もなく締めきりが迫って叩くキーボードなり


 どうだん【2013(平成25年)1/2月号】

もみじ葉の真っ赤に染まるやわらかき陽差し眺めつ夕餉の支度
集いたる楽健法の受講者に過ぎ来し俗世の歩みを法話す
即興の一人芝居を演じては空爆されし経験語る
足で踏む足裏太もも脹ら脛腕の付け根も手足の先も
踏まれては眠ってしまう楽健法眠っちゃ駄目だね教えられない
踏むことをム楽健法といい踏まれるをディ楽健法というインドネシア愛好家
楽健法をはじめたところあれほどの不仲消えたとケニアの夫妻
手のひらに足の裏にもあかあかと血が通うのかほかほか手足
クロガシの樹霊見守る杜に棲む野良猫蛙長虫浄土
あとひとつ詠めばさばさば着こなして旅に発てるか師走の朝


どうだん【2012(平成24年)12月号】

ながいこと続けてきたる麺麭作り後何回かと思いつつ焼く
香りたつ麺麭を軽四に積み込んで配達に出る眠気払いつ
はるばるとアラスカのひと麺麭焼きの日に現れてパンを丸める
美味しいね顔見合わせて焼きたての麺麭をちぎってほうばる笑顔
翌日の香りたつ麺麭しんなりと縦にひきさき口にほうばる
にんじんとリンゴ長いもごはんまでミキサーにかけパン種作る
干しぶどう胡桃を入れて焼くパンのはみ出し焦げたる胡桃のうまさ
胡桃とかブドウがいまにも落ちそうにくっついたパン袋に入れる
一日に百キロの粉パンにして日暮れの前に宅配出荷
楽健法を広めて生きんとこころざしネパールまでも旅をするなり


どうだん【2012(平成24年)10/11月号】

昭和にはかじかんだ手を暖めし火鉢を庭で池とするなり
水草も茂り初夏には水中花ひっそりひらく火鉢の池に
七夕の商店街に夜店来てめだか売るひとめだか買う我
水中を泳ぐメダカを見もやらず蛙も出入りす火鉢の池に
見るたびに大きくなった三匹の蛙消えたり一昨日朝から
餌取りに出かけたのかと思いきや水草乱れて荒れたる気配
蛙消え火鉢の池の傍らに大きな羽を残せしクロサギ
すいすいと泳ぐめだかに手のひらで自作のパンを与え見るなり
つんつんとパン粉をつつく白めだか蛙不在の池の営み
東光寺へ時空を超えて辿り来たひとりの旅僧満月仰ぐ


どうだん【2012(平成24年)8/9月号】

二人目を孕んだ女が幼子を抱いて田町で乗り込んで来た
和紙ならぬ手漉きの紙に歌綴るネパールの紙あたたかし
腰痛の仲間後から現れてサパナのカレー舌鼓打つ
シジミ汁小粒に過ぎて貝殻の音だけするが中味は食えず
雨の寺庭にうろつく猫の声マニスが来たかと腰を浮かせる
辿り来たながき道程振り返るこれこっきりの貧しきわれよ
豊かなる愛もはたさず生き来たりせざりしことを思い返しつ
これからはだれに向かって生きるのか得がたき時間いかほどあって
石段を昇り疲れて止める足シャガが真白く笑顔で迎え
山道の繁り過ぎたる樫の木の枝をはらって青空覗く
香具山のユリノキすらりと森に立ち競い合うよう空へと伸ばす
しぬという名の枯竹を拾いきて笛を作らん天香久山


どうだん【2012(平成24年)6/7月号】

自然酒ののどごし良くてやめていた酒一瓶を空にする
いただいたまずくて食えぬ干し柿を裂いて酢の物試みんかな
焼きすぎて炭となりたる食パンをこさげて食べる旅立ちの朝
冷え込んで月のまんまる満開桜ふるえながらも花を楽しむ
八分咲き川辺の桜あとすこし鵯来たりて蕾をつつく
満開の桜の花は匂うのか引き寄せ嗅いでる女見かける
嗅いでいる女に倣い近づけばかそけき香り立つ桜花
春雨に叩かれ落ちる満開の地面に描く桜モザイク
花の下並んで記念の撮影が雨にたたられ葉桜の下
積雲の層を貫き茜差すまんまる夕日が姿を呉れる


どうだん【2012(平成24年)4/5月号】

かんかんに炭火を起こし鉄瓶を火鉢に置きて白湯をたしなむ
昔なら火鉢の火だけで過ごしたり綿入れ着たり震えたりして
鉄瓶の白湯も旨みはそこそこで育ちし家の水ぞ懐かし
キシリッシュなどいうガムを噛みながら眠気まぎらせパンの配達
ポケットに五鈷杵を入れて握りしむ手も温もりてこころ広がる
好きなのはコスタリカとかマンデリン豆を挽きつつ明日に向かう
釘煮という佃煮を呉れた友ありきやや震えたる添え文を読む
健康にパンと楽健法伝えたり四〇数年いまも広がる
震災の地のこどもらがはしやぎて仮設の家を揺らして走る
楽健法するひともなき荒蕪地に行きて踏みたや疲れたひとら


どうだん【2012(平成24年)2/3月号】

まほろばといわれる土地に縁ありて根を下ろしたり二昔過ぐ
七十路の半ば過ぎたり残る日々見果てぬ夢の森のくらやみ
黒猫と黒樫繁る丘に住み刻流れたり良い月明かり
荒ぶ世に遇い生まれ来て見晴るかす焼け野原あり津波の芥
いつだって死ぬのは他人と思うのが戦をしかけ死地に追いやる
あれもいやこれもいやとはいえぬのがあれこれ抱えのたうちまわる
しあわせはひとの心に潜むもの満ちると読むか欠けると読むか
いそのかみ神社に詣で玉の緒の可憐な勾玉開き見るかな
小綬鶏や尾長の地鶏枝にいて我を見下ろす石上神社
日だまりに座す人のあり見上げたる空に雲あり猫そっくりの


どうだん【2012(平成24年)1号】

本堂に再生ピアノ届いたり摩訶不思議なる指鍵盤走る
護摩の火に般若心経合唱すピアノも弾かれ経に合して
真新し本堂の床樫の木の揺るがぬ根太にピアノの漆黒
真美さんの鍵盤走る白き指自由自在に曲を奏でて
半世紀放置されたるピアノなり古きお堂に再び歌う
冷え込んでさぞ寒かろう本堂に火鉢を三つ炭火を盛りて
かつかつと火の起こりたる火鉢なり三つの炭火暖優しくて
舞い落ちる紅葉の枯れ葉庭を埋め視野開けたり月あかり来る
わが弾けぬ象牙のキーに触れたれば居るよと応じるピアノの音色
護摩壇の添え木をくべる灼熱の火に焼き尽くす煩悩の束


どうだん【2011(平成23年)12月号】

黄ばみしきささげの葉に午後の日がこころを添えて優しく光る
樫の木に鳴き盛りたる熊蝉の抜け殻残る猛暑はいずこ
風もなく蒼天映えて青々と茂る蓮華の葉の大きさよ
蓮池の葉のみごとさを写さんとファインダー覗く蒼天の寺
枯れそめし蓮華の花托写さんと腕をのばしてシャッターをきる
花なくもみどりに映える蓮の葉に吸い寄せられてカメラ構える
蓮の葉と並んだモデル写さんと後ずさりたり池に転落
泥濘に埋もり蓮の花ならぬ墨染めの衣蓮池に咲く
古の仏居並ぶ天平の甍見上げつスマートフォン並ぶ
酔芙蓉澄み渡りたる空映し恥じらうごとく微笑み染まる


どうだん【2011(平成23年)10/11月号】

起きるかな半睡しつつ自問する今日と明日の時間の狭間
びしっという音に続いて揺れがきて大地の息吹に夢破られる
儚いと消えるいのちに幾たびか思い馳せつつ老けゆく我は
甲虫光る甲殻みなぎらせ畳這うなり意外の速度
日は過ぎぬ心にかかることどもも彼方におしやり自分を生きる
自分とは狭き門より入りきたり作りあげたかあるべき日々を
青春と言葉は若葉のいろなれど苦しみ多き若き日のわれ
蚊遣りつけ消したい時間の位置あたりコインを置きてタイマーとす
パソコンや携帯にぎり対話する文字と言葉とjpg写真
ほめられも苦にもされずに生きたいと願った人からもらえる元気


どうだん【2011(平成23年)9月号】

雨季のよう晴れ止まぬこと多かりき自省をしつつ前に行くのみ
五十回忌隔てておのれのありようを振り返りみる炎天墓前
晴れ止まぬ気分が多き過去なれど記憶の祖母はからっと笑う
炎天下ペットボトルを輪切りして樒供えし小さな墓前
駆け抜けた淡路の道はその昔祖母の育ちし故郷なれども
転居する娘一家の暗転に祖母黙々と大八車(くるま)曳くなり
清水寺の初めて座る本堂に院主と居並び理趣経読む
本堂にともるちいさな照明の赤き光に空爆を見る
がらんどうの心のなかに開く花しぼんで枯れた花もあるらん
日めくりの先に待ちうく何事か原発事故の見えない煙


どうだん【2011(平成23年)7/8月号】

夜遅く鳴る電話機の向こうから初めてですがと故郷なまり
今日までの長き来歴縷々という同郷のよしみか初めてのひと
人ごとにあらずと思う運命の流れのままに今日も明日も
我が生家眉山の麓佐古の町小学校の真ん前なりき
摂津航路そんな呼称の汽船にて小松島港から出でし故郷
船底に七人家族身を寄せて見えない明日に向かって座る
空襲の瓦礫広がる大阪の焼け跡のさま津波に似たり
枇杷の葉を鋏で刻み瓶にいれホワイトリカーを注いで閉じる
二リットルの瓶に醸した枇杷の液浴後に爽快全身に塗る
やや曲がる妻の背中にたなごころ触れて疲れの深さを測る


どうだん【2011(平成23年)6月号】

ひれ伏して言葉詰まらす灰色の社長の背中に真っ赤な怒号
原発の積もり広がる見えぬもの山脈越えて海越えて
地の塩は拭いもならず一望の荒廃の田に佇ちつくすひと
新緑も季節の花も咲く里を家畜見捨てて後にするひと
天地の時の流れに勝てずともひとつひとつと石運ぶひと
食わせてと悲鳴をあげるホルスタイン応える人なき二十キロ圏
奪われし戸外で遊ぶ自由をも見た目におなじ大地なれども
流れ去る船や車や家々を見下ろしながら画面切る鳥
幸福は流れ去っても二ヶ月目笑顔で生きる人びとの声
侘助の一輪ひらく庭の寺真白き牡丹三輪咲きぬ


どうだん【2011(平成23年)5月号】

そのときは走行中なり四駆にて大宇陀の里地震も気づかじ
巨船まで木の葉のごとく渦巻きぬ人諸共に藻屑の街衢
奈良にいて見ていていいかこの場所で津波は被るわが心にも
地中には蠢くものの意志ありて動くと知りつつその地に生きる
隆起する地球の表皮大海の水持ち上げて大地を襲う
ひとはなぜそこに生きるかと思いつつそこよりほかに生きられもせで
攫われし一望の地に佇んでいまは動かぬ海を見る母子
御しがたき原爆の火を壺に入れ箱にも入れり牙もつ海辺
火遊びの果てに破滅の淵に入る原発事故の環境破壊
晴朗の日が来そうにもなき原発の残骸建屋に蒼き月照る


どうだん【2011(平成23年)4月号】

トイレだよここはぽこんと水音たたて排管詰まらす樹木の根っこ
古家の風呂桶塗装剥がれ落ちお陀仏近し我は矍鑠
友人の昔書きたる戯曲あり怨念もあり哀しき恋も
蘇りて歌わんという若き日の苦闘の闇が舞台にかかる
落ちてゆくアメリカ娘の民謡に万葉の世の哀れ重なる
そのときは紅バラいっぱい入れてねと妻語るなり飯くらいつつ
参道にはみ出し茂る皐月刈るわが手に余る茎の堅さよ
刈り跡の風の通りが良くなりし斜面に立ちてまわり睥睨
火山燃え牛豚鶏らも消されたり言葉失う人のなす業
少年時旅情沸き立つ地名あり都城とはいかなる里か


 どうだん【2011(平成23年)2/3月号】

年の暮れ積もる落ち葉を掻き寄せる寒気はじまり数日寝込む
夢のなかにありあり見える父親があちらへ行けと我を追いやる
殿中といえばいやがり裃よといわれば羽織った母の綿入れ
熱もなくひたすら眠い風邪のわれあごに枕で史書をひもとく
七草の粥めしあがればと東からメールがきたが粥思うのみ
切り捨てて拭いもやらず鞘にする時代劇見つつ正月終わる
真夜中のジェット機音かと目覚めたり冷え込む部屋にエアコン唸りて
欲しがってなお欲しがって生きてきた世代がリタイア山歩きする
美術館混んでいましたと話す友悠々時間の持ち主増えて
平日は空いてるはずと思うのはむかしの話芋の子洗う


どうだん【2011(平成23年)1月号】

落語家の若い兄ちゃんやってきてテレビに流れるわが照れる顔
威勢よき昭和の女大阪弁オクターブ高く八光に言う
満開の花かと見惚れし川添の柿よ苅られて幹のみが立つ
剪定というにはむごい切られ方手足無くした街路樹を見る
逆光の橡の黄葉見上げつつ石段なかば二度息をつく
百ほどの石段登る逆光の黄葉まぶし本堂の空
うずたかき枯れ葉踏みしめ裏山の鳥鳴く丘で耳成遠望
はるかなる昭和の頃の喧噪の面影もなき梅田を歩く
大山の水で育てた穫れ穫れの米を送られ玄米を炊く
足指の冷える夜なり添い寝せし祖母の寝床の熱き思い出


どうだん【2010(平成22年)12月号】
             
二十歳ごろ邂逅したる画家がいた中西康郎黙って去りぬ
賀状来ず去る年七月に果てしことやっと知ったり友を悲しむ
二年経ち友とはなにかただ生きてあればいいかと自問する我
見つけたる旅日記あり黄ばみし表紙の文字によみがえる友
描くはずの白きカンバス並ぶ棚パレット置かれ洗われた筆
自動車に満載をせり油絵を遺作展する画廊へ向かう
堆くスケッチブック残したり遺作展の会場に置く
6Fの画紙に現るスペインの空に描かれた風車が回る
カンバスの前に佇み凝視めいる縁のひとの懐かしむ目
何故か道路標識など丹念に描きこんであり絵描きの不思議


どうだん【2010(平成22年)10/11月号】
              
からからの窓ガラスに蛙へばりつきいずこへ帰る日暮れの蛙
火鉢あり水草いれて蛙棲む白い花びら可憐に咲きぬ
セメントで作られし臼あり庭に置く睡蓮が咲き蛙も潜む
幾たびも試みてみた菩提樹を冬越えがたき地に育てんと
霜降れば南国性の菩提樹は芯まで冷えて春に芽吹かず
清らかに生きる道とはいずこぞや地には育たぬ鉢の菩提樹
からからの地面の下に眠る猫白骨と化すや水を撒く庭
猫扉開く音して足音の床板を踏むマニスの気配
一晩中足の間にマニスがいたよ朝一番の家内の会話
道場の壁にひっつく二つのたまご場違いではと守宮に訊ね


どうだん 【2010(平成22年)9月号】  
              
どこかしら冷たくものいう病む人のこころのなかを駆けめぐるもの
長き夜の明けるを待ってお日さまの沈むをのぞむようなものいい
雨多く日差しの足りぬ今年なり小さな庭に陸稲が揺れて
膝を曲げ半足歩幅の老いた女大地に吸いつく確かな歩み
三株ずつ苦瓜胡瓜を植えましたなかなか伸びねー日毎に覗く
ながながと執拗になく野の鳥の声聞きながらキーボード打つ
繰り返す設定にしてステレオのピアノの音色ピンタタ流る
そっくりの黑猫不意に出喰わして素早く逃げりと胸つかれる
苦と楽とのたうちまわり生ききたる終の住処はいま居るところ
護られてなんとか今日まで来れました仏前に坐す不可思議の日々


どうだん 【2010(平成22年)7/8月号】 推薦作品に掲載

二十年間一枠ごとに切り張りせし庫裡の障子に朝焼け謳う
木漏れ日に染まる障子の樫の影風の気配やいのちの揺らぎ
八月に印度へ渡るパスポート硬い顔してカメラに向かう
おのが顔写真にとりて惚れ惚れと眺めるひとはよもいるよしもなし
月ふたつ浮かぶ小説読み終えて竹取の翁のごとくそっぽ向くなり
吟遊の詩人にあらず両の手で空しき夢をキーにて叩く
午前三時光る目玉をライトに返し田圃に消える狸一匹
読経する遠国からの女性あり涙の声で過去を歩みつ
肥料なし水気もなしか裏山の野菜素気なく花をつけたり
さりげなく脱ぎ捨て落ちるゆずりはの陽にきらめけりある晴れた日に


どうだん【2010(平成22年)6月号】

日によって読経しているわが声も艶があったりなかったりする
食べるとは業深きことなるかあのひとさらにさらに太りて
空腹の刻せまりくれば手をとめてイメージしてみる今宵のご馳走
つぼみもつ日陰の菊菜を折り来たり葉っぱむしりておひたしとする
霜のころ山の畠に種まいた日差しのなかでサヤエンドウを摂る
棘だちし大根の葉を間引きして如何に食うかとしばし眺める
落葉は秋より多き常緑樹くすのきくろがし寺を埋める
階を覆う落ち葉を踏みしめて明日は掃かねばと庫裡へと帰る
パン焼のため早寝をしたる真夜中にフクロウ来鳴きて声に起きだす
半月が見下ろす空のほの明かりガレージの鍵穴キーを差し込む


どうだん【2010(平成22年)5月号】
猫二匹たわむれ遊ぶ宿にきてマニスにまさる猫あらめやも
いまさらに悲しむ齢にあらねども庭に埋めし気配はつよし
マニス果て畳替えなど試みて残り毛も見あたらぬ家になりつつ
満開に咲いた桜も年経りて朽ち果てつつも蘖育つ
孫生えの桜が開く季節来て寄り添うごとき朽ち木の黒し
八月にインドへ行こうと思い立ち期限の切れたパスポート見る
だれからもどこからもまた伝わり来ぬこころ閉ざせる友の近況
味噌一と黒砂糖一の割合で鍋に炊き込み味噌ジャムつくる
味噌ジャムのやや柔らかなるに工夫して擂り胡麻加えなめてみるなり
自家製のパン作りには朝の二時起き出して走る四十三キロ


どうだん【2010(平成22年)4月号】

狭い庫裡開け放った空間を駆け抜け駆け抜けみせる黒猫
黒い毛の長い尻尾の先までをこすりつけてはもの伝えたり
留守の間に孤独死させてはどうしよう思い思いてパンを焼くなり
痩せ落ちてまだ艶消えぬ毛をなでてやるマニスの喉はごろごろと鳴る
小水を床に漏らして蹲るかろうじて歩む黒きかたまり
昨晩は朝までソの字に並んで寝たり背骨の突起撫でて哀しむ
二昔落葉の頃にやってきた黒きいのちが初春に散る
二分前顔持ち上げたぼくの目を見つめた瞳が光失う
見上げては花がつおくれという甘えた声も耳朶のなかのみ
麩のごとく軽く固まる黒猫の亡骸抱いて庭を見せたり


どうだん【2010(平成22年)1月号】

握り込んだ幼児の手にもそっくりの楓の葉っぱ庭を埋める
山はいま木楢や橡の葉散り敷いて七十路のわれ覆われてあり
団栗のつやっと光るを取り上げて食えぬものかと眺めたりする
大日如来の見下ろす位置にわれもいて見上げる位置に猫もいるなり
一昨年トタンの屋根に葺き替えてカーンと落ちる団栗激し
二上山の手前にお椀をふせたよう耳成山にピントを合わす
夕景にかすみはじめた耳成山沈む夕日に墨ます二上山
本堂の釘の頭が飛び出ては危なかろうと金槌で打つ
老境に入りたる故か気持ちだけ体は応ずる気配もみせず
阿弥陀からも閻魔大王からも電話きたかのごとく受話器置く日々


どうだん【2009(平成21年)12月号】

彩という孫娘あり怪魚飼う魚名は蛇太郎蛇次郎蛇三郎
水槽に身をくねらせて怪ひかるまだ見ぬ魚の媚態あやしく
墓参り見上げる宙に鉄路あり徳島本線列車通過す
眉山の流れ昔と変わらねど見覚えのひともなき生地墓参りする
風になって流れていますという歌を思い出しつつ墓参りする
霊力の強かった祖母必ずやものいうならんと心澄ませる
数珠をくる信仰の手にしわしわと経読みながら寄せ来たるもの
坊主なり剃りつつ剃らねばどうなるか銀髪なのかごま塩か
横笛を手のひらに乗せ飛翔するわが魂の冷めたる熱気
なよたけのかぐやのごとく飛翔したき思い抱えてパン作りする
洗濯すひとつひとつを取り出して家内のショーツこわごわと干す


どうだん【2009(平成21年)10/11月号】

白糸で蝙蝠傘に名前書く木綿の針の似合はぬわが手
南無大明神唱ふるうちに舌もつるつまづくごとに数珠くりなほす
早足で行者は歩くものならん手合はすひと目尻に捉へて
行者とは物言はぬもの歓談は裸になつて風呂でのみする
日毎する施餓鬼の味を覚えしか山鳩はくる読経の声に
供養とは佛さまとのままごとかとりかへとりかへお経をあげる
かっこうの声まろやかに聴えくる間のとり方のあのゆうゆうと
かっこうの鳴き声始めて耳にする山林静か留まりてあれ
碧落の吸ひこむ如き森の空烏さかんに何事かいふ
鶯の声聴かぬ日無くしみじみとここにくらせり共生の浄土
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