東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

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喜寿という齢

   喜寿になった


年を取るとは
だれかに負担を掛けることか
ぼくの齢で
とっくに逝ってしまった友もいるし
介護を車椅子の上で受けてるひともいる
もっと若くて
あっけなく死ぬ人も多い

古稀とは七十歳のことで
昔は平均寿命が短く
人間がこの年まで生きることが
難しかった時代だから
古来稀なりと
七十の長命を古稀といった

だが古稀から七年
七が三つかさなって㐂寿となるのか
ラッキーセブンの縁起担ぎかも知れないが
戦争と戦後の
放浪したわが家族の
苦闘の記憶もいつまでもなまなましく
東光寺へやってきたころに
やっとわが戦争にけりがついた気がした

あれから四半世紀
猫とくらしたりしながら
いつのまにかこの歳まで連れて来られた
よく生きてきたものよ
などとは思わない
なんと与えられてある時間が短いことよ
とあっけなく過ぎ去った
㐂寿までの日々を振り返る

わが胸の骨にも
好きな食べ物にも出会わないまま
過ぎ去ってきたように思える私の日々よ
老いはまだまだ未来のことか
喜寿などという古人の言い習わしは
ぼくにはどうも似合わない

男が女を愛する時
なんて曲を楽しみながら
㐂寿のたましいが
不良少年のように
どこかを今日も彷徨っている

th_th_manandwoman.jpg

歌詞


歌詞2






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