東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

2012年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年10月

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ゆうがた

 ゆうがた

うつくしいものをもっているひとは
あるがまま以上のものが匂って
見た目にも美しいものになっているように思う
そんなひとに何人か出会ったことがある

お経をあげたり
他人からの相談にのったりしながら
まいにちを生きているが
それにしても
ここにはないなにかを
どこかでしなければならないような焦燥感が
いつも胸底にしまわれていて
まだぼくはそれを果たしていなくて
ほんとうの自分にはなっていないように思えるのだ

それはいったいなんだろうか

見えていないものが
こころにかかりながら
果たさないまま
またいちにちが過ぎ
日が暮れはじめる

少年のころ
夕方になると泣いた
夕方はなにかとの別れで
とりかえしのつかないものが去っていくように思えて
涙がながれてしかたがなかった

母は理由も聞かないで
頭をそっと撫でてくれていた
ぼくはいちにちなにもしないで
繰り返せない今日を
涙ながらに見送っていたのだった

こんなことの日々の繰り返しが
少年のころから
いまも続いている

敬愛する詩人が旅立ったという
訃報がとどく
親しかった詩人の奥さんも
いけなくなったという電話がはいる

いまはなみだこそ流さないが
ゆうがたになると
少年のころの悲しみが
ひたひたと押し寄せてくる
うつくしいものについになれないまま
旅にでるゆうがたを
ぼくは迎えてしまうことになるのだろうか

















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殿様蛙

 殿様蛙


白いメダカが
火鉢池の水草の間を泳いでいる
メダカが白いと
シラスが泳いでいるように見えて
脆弱な感じを受ける

戻っていた殿様蛙が
またクロサギに狙われたのか
水草が乱されていてまた姿を消した

マニスがいなくなってから
3匹いた殿様蛙が話し相手だったのに
一匹に減ってしまい
これもまた姿を消したので
こんどは帰って来ないのではないかと
和尚は悲観的な思いの日々を送っている

インドやスリランカの寺では
それがなくては寺とはいえないといわれている
天竺菩提樹を亭々と繁らせたいが
寒さにやられて育てることにも成功せず
南の樹木を北の地で育てるのは
難しいとは知りながら
自分の無能さのようにも思えて
また鉢に挿し木して
部屋のなかで観葉している

殿様蛙がまた戻るかも知れず
そのときにはクロサギが用心するように
火鉢池をまたぐように
回りの樹木から糸を張ってみた

糸一本でも
鳥を警戒させることを
農家のはざかけから学んだからだが
殿様蛙はご帰還してくるかどうか
庫裡の庭を通るたびに
いなくなった蛙を思い出しながら
シロメダカを眺めている









| 東光寺山博物誌 | 09:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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