東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

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マニス帰る

午睡して気怠い気分吹っ切れず大和の空に茜棚引く

仄暗き庫裡に坐りて見上げたるマニスの瞳去りし日のまま

志し衰えたるか日の暮れに羅音聴きつつ積読開く

夕食の準備をせんか数分で食卓に着く粗食の皿で

白檀の使い古びて香りなき数珠を弄る手よ皺々の


IMG_0008.jpg
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| 東光寺山博物誌 | 09:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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野花

押される
圧倒される
そんな気配が
春の
山や野に満ちてくる

とんこじやまを下りると
中途の階段の横に
一塊の花が背丈を競っていて
佛の座が
ヤエムグラに取り囲まれて
伸びている

野の花にも
ライバルとか
仲良しがあるそうだが
野原にも
極相があるのだろうか

年月をかけて
自然が形作ったものが
苦も無く取り払われたりする
地上の変貌

自然を観察してると
人間嫌いが
激しくなったりして
寛容と
拒絶の精神がここにいるぞと
佛の座を見下ろしている



IMG_6260.jpg

| 東光寺山博物誌 | 12:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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イヌホウズキ

犬酸漿

イヌホウズキ
そんな名前の子とも知らず
長年見ていた馴染みの野花を
今朝足を止めて
一枝摘み取ってきて
空き瓶に投げ入れた

寒い駐車場の地面で
風にゆれていた
目立たない花だが
机に置いて仔細に眺め直すと
茄子色の葉と茎
小さな実は
茄子のミニチュアそのものではないか

目に触れる
いのちあるものを観察すると
かようないのちを紡ぎ出すのは
創造主にあらずして
なにものがなし得るや
などと思索する

先だって
本堂の前に
一坪ほどのウエルカムガーデンを
作ってみたが
亜米利加犬酸漿も
ここに連れてきて
育ててみようか

庭に直植えした
ピッパラ
インド菩提樹も
寒さに抵抗力をつけて
このまま成長しそうだ

根元に枯れ葉の布団を重ねて
通りかかる度に
たっぷりの水をかけている


IMG_5907.jpg
亜米利加犬酸漿(アメリカイヌホウズキ)

IMG_5679.jpg
印度菩提樹

| 東光寺山博物誌 | 19:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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梔子

天が荒れ
地が荒れ
のたうち回っている大地に
今日も烈日が射す

僕はなにかをしなくちゃならぬ
東北が壊滅して
悶々数年
日本列島だけでなく
曾遊の地
ネパールでも
瓦礫の山が築かれた

この世が
歪んで
正常ならざる時
ひとはなにをなし得るか

本堂の前に植えた柿の樹と
競いあうように伸びすぎた梔子
背丈を超える冠になって
通路を妨げ
開いた匂う花も
天空に向いて咲いている

子供の頃に経験した
軍国主義国家の雰囲気が
醸成されつつある
闇の気配
篭もる憤り

剪定鋏を手に
世の暗い空気を断ち切らんとばかり
伸び放題の傾いた梔子に
鋏を入れていく


IMG_5322.jpg

| 東光寺山博物誌 | 09:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ドームの杜

樹木が群がると
密林となるが
東光寺の庫裡の庭のクロガシは
互いに競って背高になり
木々は光をもとめて
天に向かって伸びるので
庭に立つと
巨大な緑のドームに
すっぽりと包まれる

離れた
川向こうの道路からは
蔦がのびて
クロガシの天頂に冠となって
藤の花が咲いてるのが見えるが
すぐ下から見上げても
ドームが黒々と見えるばかり
藤棚の鑑賞にはならない

ドームの地面には
マニスの墓碑が落葉に覆われ
おがたまの花が咲くと
ドームのなかは
香りで満たされ
マニスは穴から出てきて
ぼくの足にからだを擦りつける

この一瞬は無限の刻
無限の刻はこの一瞬
などと思いながら
黒い杜のドームと会話する





kurigarden.jpg








| 東光寺山博物誌 | 19:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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きらら (ソネット)

きららという言葉がある
メダカの卵もきららたるものだが
ぼくが覚えたきららの実態は
下着の縫い目に産み付けられた虱の卵だ

きららという名の米があった
敗戦後の混迷期に
虱の卵をきららと呼んでいたぼくは
なんだか納得し難かった

ガラスの器の底に
一塊のきららが沈んでいて
子細に観察する

メダカの卵のきららから孵化したのは
全長2ミリ胴体は0.3ミリほどか
透明なガラスの底にへばりついて蠢いている


rice.jpg

| 東光寺山博物誌 | 15:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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燃える国

きょう巨大な日没を見た
二上山のはざまに
ゆっくりと下がっていく入り日
軽四輪のフロントグラスの
真っ正面に
太陽が矢をつがえ
西に向かって走る僕の目を狙って
飛んでくる
光の矢束
僕は
太陽を真正面から見詰めるのは
得意技だ
睨み返した日輪は
光輪をゆっくりと右に回している
二上山のトンネルに近づくと
日輪は姿を没した
二車線の南阪奈トンネルに入る
連休なので
普段よりは車が多い
マニュアル車の軽四だが
僕の運動神経に敏感にレスポンスして
エンジンも軽快だ
日本最古の
竹ノ内街道を潜って抜ける
トンネルを抜ける直前
半円形の出口が
思わず息を詰める深さで
朱に彩られていた
トンネルを抜けると
真正面に大日輪が
阿字観の極まった如来のごとく
羽曳野丘陵に浮かんでいる
太陽は
凝視する僕の目に
光柔らかく
微笑しながら
空間をいびつに揺らし
沈んでいった



二上山の夕陽をyoutubeからお借りしました。


| 東光寺山博物誌 | 21:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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汚れちまった

中原中也の詩に
汚れちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
なんてのがあるが

津波からの復興は後回し
原発事故の放射能の実態はひた隠し

普天間から
辺野古へ移転することを
拒否することもままならぬ
沖縄人の苛立ち

国会を取り巻く
違憲安保法案反対デモの群衆や
それらを無視して
法案を粛々と成立させようとする
政治家の軽い舌先

オリンピックのエンブレムが
盗作だと騒がれ
外国がら訴訟まで起こされ
証拠の写真もいっぱい流されている
なんという救いがたい
汚れちまった悲しみであることか

大自然の山野に囲まれ
天や地に逆らわず
仏様に手を合わせ
氏神さまに
柏手を打って生きてきた
日本人ではなかったか

日々目にする
支離滅裂なる日本人の営み
オリンピックもいらぬ
大きな競技場もいらぬ
盗作のポスターなど
見たくもない

ますます汚れ
懲りない面々の
厚顔さを思うだけで
反吐が出そうなお前ら
汚れちまった
悲しみ







仏足石
















| 東光寺山博物誌 | 13:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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喪ったもの

今朝は早起き
五時過ぎから起きだして
まずメダカに餌をやりにいく
十数尾のメダカがいたのに
数日前から
底の方に一尾見えるきりで
火鉢池の水は
数日前から
すこし混濁している
水草がやや脇に寄せられた気配もあって
なにものかが
メダカを狙っているのだろう

火鉢池のなかには
外敵から身を守れるように
孔があるブロックを沈めてある
危険を察知すれば
メダカも蛙も
そこへ潜り込むであろう
と高をくくっていた

七時に出立
八時半に春日の森に間近い
約束の空櫁さんに着く

原生林に入って
盛り上がった巨大樹の根にまたがったりしながら
撮影を進める
canonのカメラに凝視められて
ともすれば強ばりがちの顔
他人にカメラを向けられる時ほど
自意識の在処を自覚することはあるまい
などと思いつつ
笑ったつもりの強張りぶりか

撮影を終えて帰山
汗を掻きながら
やっと登り詰めて臼池の横にくると
葉っぱではないなにかが
沈んでいる
と胸を突かれてすくい取る

 おう この喪失の感覚は
 全世界的なものだ

吉本隆明の初期の詩の一節を思い浮かべた

臼池で孵化したメダカを
少なくなった火鉢池に移し
鳥に襲われた蛙に謝って
火鉢池の上に
黒糸をぴーんと張った

先ほど通りかかると
ざばっと潜る水音がした
ペアでいたもう一匹は
どうやら健在であるようだ
やられたのはどっちなんだろうか

manisfrog


| 東光寺山博物誌 | 15:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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挨拶

五時
昨日の雨で
杜はまだ乾かない

蛙が
気配を感じ
波紋を残して
水没し
緋目高だったのに
今では真っ白い目高が
餌にあやかろうと
慌てた泳ぎ

収集日なので
袋に入れた塵を
持って下りる
少し胸苦しい今朝
庭の空気が
容量いっぱい吸えない
マニスの墓石に
お早うという


manisfrog
photo by Mika Nishitani

| 東光寺山博物誌 | 10:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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発見

梔子がほのかに香る
白き一輪を花瓶にと
部屋に持ち帰ると
一枚の葉に
ちいさな蝸牛がひっついている
戻してやって
一輪挿しに投げ入れ
裸像の阿修羅に活ける

今朝はからっと晴れ
木漏れ日を受けている火鉢池に
餌をやりにいく
メダカは
すっかり覚え込んで
姿が見えると
鯉のように
浮かび上がってくる

火鉢池の水草が増えてきたので
並んだ臼池に
先日数本の水草を移したら
今朝眺めると
水草についていたメダカの卵が孵化したのか
数ミリに満たない
数匹のメダカが泳いでいる

臼池は浅いので
メダカを入れるのはどうかと思っていたが
このなかで発生したのなら
それなりのメダカ世界なのだろうと
観察することとした

こちらにも
メダカの隠れ家と
メダカの餌を
すこし入れてやらなくてはなるまいて


カタツムリ

IMG_4073.jpg
向こうが火鉢池 手前が臼池

| 東光寺山博物誌 | 13:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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俄雨

東光寺山と向かい合う
三輪山に
金色の光背が現れ
台所の窓ガラスが茜になり
部屋に
オーロラのような光が満ち
空間が
不意に
ひろがって見えた
紅葉の向こうの空が
黄金色に染まったら
大粒の雨が沛然と落ちてきた
虹だ
と少女が
嬌声をあげて
庭にとびだした
三輪山の麓から
談山神社の鳥居のあたりへ
丸い太鼓橋の虹がかかって
虹の内側はすっかり黄金色だ
鳥見山が
覗き絵のように黄色く
ぼーっと目の前に浮かんでいる
雨が小降りになって
虹が二筋に増え
足元まで
黄金色がひろがってきた
天地は
束の間の
魔術のように
あたりを染めて
ぼくらのこころを
じわっと暖かくしてくれる
さっきまではにかんでいた少女が
笑顔を見せ
白い歯が光った
裏庭に回ってみると
太陽は
五色の雲を流しながら
落ちて行く
虹は
根元だけ残して
鳥見山の影は
いつもの色どりを
取り戻していた

| 東光寺山博物誌 | 22:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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捏ねる

ゆっこ先生が怪我入院でいないので
今回の合宿はなにかと大わらわだ
今夜の夕食にと
ぼくは五キロほどの
パン生地を捏ねる
昨夜仕込んだ
リンゴナガイモニンジンゴハンのパン種は
快適な醗酵ぶりで
アルコールの匂いがたち
ぶくぶくと気泡を吹き出している
楽健法の交代時に
小麦粉を四キロ
山勘の塩と砂糖と胡麻油をいれ
パン種と水も山勘で加え
四十五センチの大鍋で
混ぜ合わせて捏ねていく
どさっとテーブルに取り出して
両手で持ち上げて叩きつける
三つに分割
三人で空中回転させながら
ドウが出来上がっていく
大きなボールにドウをいれ
黒いビニール袋にいれて
裏庭に日向ぼっこさせてやる
楽健法を終えて
ドウを取り出し
百五十グラムほどに分割し
丸めて麺棒で伸ばして
ホットプレートとフライパンで焼き始めた
二十数枚のナン
残りにドウを
五十グラムほどに分割し
三十数個の
パッコーラと呼んでいる揚げパンにした
胡麻油に浮かんだドウは
ぷくんと膨れ
鍋のなかでせめぎ合って
狐色に仕上がっていく
別の大鍋では
ざくざくと大まかに切られた野菜たちが
煮たって踊り
野菜カレーが仕上がった
五観の偈をお唱えして
夕食となった
食べ終わったころ
入院中のゆっこ先生から電話がかかり
合宿の状況を話すと
ふふふと笑って
感想は聞けなかった



IMG_4009.jpg

| 東光寺山博物誌 | 22:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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白雲木の下で

五月は
いのち萌える月
満月の昨夜
パン作りから
東光寺へ帰ると
火鉢池のメダカを
見下ろすように
白い花が
迎えてくれる
白雲木は
植木屋の知人が
印度の沙羅樹ですと
苗木を下さったが
大きく育つと
違った木
白雲木だと分かった
植樹して十数年
木の芽どきの
小さな葉が
掌よりも大きな葉になり
葉陰に
遠慮がちに
下向きの花を広げる
今朝もメダカに餌を持っていくと
枯葉を拾う私の手を
突つくかのように
メダカは泳ぎ
ひとつまみの微細な粉末を撒いてやると
いっせいに食べ始める
数えると
十四尾
いや十五尾か
東光寺山は
いろんないのちにかこまれて
みんな生きてる


IMG_3854.jpg
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| 東光寺山博物誌 | 13:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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パン作り

そもそもは
喘息になったことがきっかけだった
発病は父と同じ二十五歳で
夜毎咳が出るようになった

医師から
喘息ですね
家族に喘息の方はいますか
と言われて
頷いたわたしは
母にそのことを告げると
お父さんと同じだね
やっぱり二十五の時だった
と不思議を思い見る顔をした

病気は神様からの贈り物だ
などという心境になったのは
それから十年以上も経ってからだが
喘息は
もし健康だったら得られなかった
いろんな出会いを恵んでくれた

玄米を食えという僧侶に出会い
指物師だった詩人のわたしは
芝居を書いて公演しながら
額縁
彫刻
仏像彫り
玄米菜食
自然食
楽健寺と楽健法
東洋医学
丸山博
甲田光雄
アーユルヴェーダ
有害食品研究会
酵素風呂
天然酵母パン
東光寺へ止住
パソコンに習熟し
使いこなせるようになっていたので
二度目の
日本アーユルヴェーダ学会本部を担当したり
東京楽健法研究会を立ち上げる
毎月の福山と東京教室
東京のホテルで
年間通算一ヶ月は暮らしている
新聞
雑誌
テレビなどの取材
本の刊行など
いろいろやってきたものだ

ではありながら
零細企業そのままで
日曜日夕方パン種を仕込み
月曜日
丑三つ時からパン作りに工房へ入る
家内とふたりで
金儲けにはつながらないパンを
いまも作っている

生きるとは何だろう
詩を書く
芝居を演ずる
パンを作る

体解した
指物師の手は
楽健法にも
パン作りにも
そのまま通用する手で
パソコンを操作するのも
やはり子供の頃に体解した
本能のような動きが
支えてくれている

齢のことは
考えまい
今日していることは
明日もまたできるのだ

毎日は
明日もつづく


●出演したテレビ
がっちりマンデー

奈良テレビ 校区を歩こーく



| 東光寺山博物誌 | 08:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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冬景色

こころが枯れそうな眺めが
いつも通る街路で
毎年きまって繰り返される

わが友達のゆりのきが
まだ葉っぱをいっぱい広げて
緑陰をつくっている時期に
幹だけを残して
ぶざまなオブジェのように
すべての枝を切り落とす

街路樹の枝を切ってはならないと
条例を最初に決めたのは
わが古里の徳島県だということだが
わが住む町
桜井市は
伸ばしておいて
なんの不都合も無さそうな街路樹まで
年に一回かならず
無残にも切り取ってしまう

もんちっちなんて店で
パンに使う特大のリンゴをいつも買うのだが
この前の道路のニセアカシアは
先月から丸裸にされて
恨めしげに僕を見返してくる

鎮守の杜の大木を
腰から上を胴切りした神社もあって
ぼくはあっけに取られると言うよりも
怒りがこみあげてきたが
かくも樹木を虐待して平然たる日本人には
自然崇拝のかけらも無く
かような人たちが
きれい事をいって大手を振ってる
この地上から
はやく消えていきたいような気持ちにかられる

あなたは
大事な友達の木
崇拝する木をもっていますか
目を閉じれば
浮かんでくるような懐かしい大木を
友達にもっているひとは
さいわいである



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| 東光寺山博物誌 | 21:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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Last leaf 最後の一葉

観音の
前に置きたる
菩提樹は
ぽとんと毎日
葉を落とし
最後の一葉どれかなと
観音さまは
眺めてる

善哉
善哉
 
落ちてのち
また生き返る新緑の
しっぽある葉の
楽しさよ

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| 東光寺山博物誌 | 19:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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鳥見山


ここは山
山というより丘か
とんこじやまと呼ばれ
ものの本には
東光寺山は
残丘とも書かれている

ある万葉集の解説本に
磐余の山は
とんこじやまのことだろう
とも書かれている

庫裏から見下ろせば
街並みは
鳥見山の麓まで広がり
朝日は
鳥見山の向こうから登って
東光寺の障子に
木漏れ日が射し込む

東光寺に止住すること
四半世紀

時の流れは
中年男を
老人の年齢にさせたが
気分は
壮年期のまま
久方ぶりに会う知友は
昔とちっとも変わらないですね
などと真顔でいう

昨日
青空に透けて見える
上弦の半月が浮かんでいて
月に重なって
伊丹空港に向かう
銀翼が煌めいていたのを見た

今朝は
鳥見山から立ち昇った雲が
街並みに被さって
どんよりと空気が動かず
背後の音羽山は
墨絵の白さで
稜線を眉のように伸ばしている

今日は十二月三十日で
餅つきの日

東光寺にご縁のある
楽健法の仲間や
アラスカの客も来て
台所は大童
三段重ねの蒸篭に
先ほどから
蒸気が
勢い良く
立ちのぼり始めた

















| 東光寺山博物誌 | 13:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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明け方
奇妙な夢を見たが
これから
夢の中で
なにかをしなくてはならぬ場面で
掛ってきた電話に
夢を破られた

夢に意味があったかどうか
反芻しながら庭に出る

風止み
疎らになったもみじの枝
火鉢池の
メダカの水面を
落ち葉がすっかり覆っている

取り除こうと
右手を入れると
水は
冬の気配で
冷え性の手には
辛いほどつーんと冷たい

ここ数日
餌を浮かべてやっても
メダカが浮いてこないのは
冷え切って
運動意欲を失ったからだろう

枯葉は
庭を埋め尽くし
地面も見えないモザイク模様には
まだ熊手を入れず
しばらくこのままにしておこう

明け方の母の夢
母は胸をはだけて
半裸になって
どこか狭い部屋で
敷布団から
上半身をはみ出し
浴衣の裾で前だけ隠して
昏睡していた

僕は母に
楽健法をしようとしていたのか

朱のような肌色で
痩せた太腿は
目に眩しく生気を放ち
僕は立ったまま
見下ろしているのだが
生前母に楽健法をしたことはない
と思いながら見下ろしていた

母はいまも僕のなかに生きていて
かくもなまなましく僕の前に姿をさらしている
落ち葉を踏んで庭を歩きながら
はっとした
今日は母の命日だ

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| 東光寺山博物誌 | 22:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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冬に向かう

手が凍える
冷えた指先にまで
回りきらない
母胎から受けたながれるもの

四季を問わず
冷え性の私は手を擦って掌を眺めたりするが
子供のときからの
冷えが作った習慣だ

すっかり紅葉した白雲木の下で
火鉢池は枯れ葉を水面に浮かべ
餌をもって私が近づいても
メダカは水面に浮かんでこない

枯れ葉を拾おうと水面に手を入れると
冷えた私の手よりも冷たい水が
季節が向かっている先を感じさせ
水藻をかき分けるとメダカの魚体が白く光った

冷気はメダカを動かなくさせるのか
水は取り替えもしないのに
水藻の働きなのか
汚れた気配はさらさらない

火鉢池のメダカは
三年前にはヒメダカだったが
世代交代して先祖返りしたのか
白魚のような白さでなんだか脆そうだ

明日は講習会なので前泊の客がいるが
夕食にはまだ時間があって
私は白雲木の紅葉の下で
手を擦ったりしながらメダカを見下ろしている


庫裡の庭




| 東光寺山博物誌 | 18:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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辛子漬け

沢庵を
練った甘味辛子にまぶして作る
辛子漬けが好きだが
沢庵も
市販品は添加物だらけで
保存料や毒々しい黄色いものなどは
口にする気になれない

気に入った沢庵に出会えないので
辛子漬けは
母が作って常備していた
思い出にとどまっている

新潟の六日町
龍谷寺へむかし何度か訪問したが
客に出す茶に
自家製の沢庵が出される
百貫の大根を毎年漬け込みますと
方丈さんにお聞きしたが
古い寺の
夏でもしんと冷え込むような
大きな台所のどこかに
百貫の大根の漬け物樽が
鎮座している様を想像して
かような贅を楽しめる大寺の様子を羨ましく思った

ぼくが辛子漬けが好きだと知って
手製ですと
くださったひとがいて
開くと茄子の辛子漬けで
かなりパンチの効いた辛さであった
昼食に取り出して
鼻先を押さえながら頂いた
つーんとくる刺激に涙ぐむ
人は悲しくても嬉しくても辛くても
涙ぐんだりするものなんだなどと思いつつ
あ 
五観の偈を唱えないで
食べてしまった


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| 東光寺山博物誌 | 13:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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途上

蜘蛛よ
お前は脱け殻なのか
亡骸なのか
干からびて
Macの上で
問題を
投げかけ てくる


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| 東光寺山博物誌 | 14:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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崑崙の朝顔

崑崙から送られてきたという
珍しい朝顔の種を
その新聞記事と一緒にいただいた

崑崙といえば
孫悟空となにか関係がありそうだと思いながら
10粒の種を
ティッシュペーパーを下敷きに
水に浸して4日目
白い毛根が殻を破って吹き出してきた

堆肥と酵素風呂の粉を土に混ぜ
種をそっと並べて表土をかぶせておいたら
三日後に
双葉の芽がふたつ
姿を現した

翌日
本堂の前に鉢をおいて
じゃねと声をかけて
九州へと旅だった

博多の空は
孫悟空も喘息を起こしそうな
中国渡来の大気汚染に靄っていて
雲はないが青空はない
視界は2キロぐらいか
近くの山脈も霞んで
雄大な自然も
薄紙の向こうにあるがごとくだ

昨日のfacebookでは
茨城に光化学スモッグ警報が出てると報告があった
見えない放射能のことは評価のしようもないから
情報は一切流さないという政府は
この見える大気汚染も
解消しようがないので騒がないのだろう

朝顔の葉が
大気汚染の観察に役立つなんてことを
これを書きながら思いだしたが
染みが入った朝顔の葉が
満艦飾になったところで
どこへも隠れようがないのが
暮らしというものだ

旅から帰って
出迎えてくれた朝顔の元気そうな苗を見ながら
和尚は
筋斗雲に乗って飛翔できない
地についた人間の暮らしに
あらためて思いを馳せる



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| 東光寺山博物誌 | 10:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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白湯

見上げると
黒ずんだ天井の太い梁
梁を支える柱に
細長い鏡がかかっていて
だれかが部屋を横切る度に
鏡がかすかに揺れ
なかからだれかが僕を覗いている

小便に起きようとした僕は
鏡の奥の暗闇が怖くて
母を起こす
母は立ち上がって部屋の電灯をつけ
はいといって見ていてくれる

廊下のくらがりに
部屋の灯りが漏れて
開け放った便所に
斜めに光が届く

僕は震えながら小用をすまし
部屋へ逃げ込む
布団を目深にかぶって
そっと鏡を見る

鏡にはだれもいない
天井の梁も
闇に溶け込んでしまい
僕はふたたび眠りにつく

まな板がことことと刻まれる音を立てて
早朝に母が台所で立ち働いている
竃の煙が部屋にも巡ってくる
三つ並んだ竃の右端では
大きな鉄鍋で白湯が煮えたっている

父祖伝来の習慣で
竃に薪を絶やしたことがなく
我が家では鉄鍋の白湯が年中沸いている
近所の子供が
どぶにはまって汚れたりすると
ここにいつも湯があることを知っている母親たちが
バケツを下げてもらい湯にきたりする
急須の番茶も
柄杓で鉄鍋から汲みあげるのだ

先日
庫裡に小型のガスストーブを購入した
おおきな薬缶を載せて
白湯を沸かしている

人がやってくると
まず白湯を差しあげる
湯気の立つ熱い白湯を眺めながら
鏡の奥から覗くだれかや
天井の黒い太い梁を思いだし
一日に何度も
白湯を飲んでいる






th_IMG_2162.jpg


| 東光寺山博物誌 | 21:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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雪が降る

窓を叩く音
後楽園球場のドームが見える窓に
風に叩きつけられ
くっついて流れ落ちる白いもの

さっきまで夢を見ていた
疲れた足を引きずって
空襲を受けた焼け野原を歩いている僕
一望家屋なく
かつての街に道路だけ残して
赤く焼けた壁土と瓦が
わずかに盛り上がっている焼け野原
拾い集めたトタンを組み立てたバラックで
人が暮らしていた時期があった
頭が支えそうな低いトタン屋根は
釘の穴があいていて
寝転んで見上げれば星のように見える
母は夏布団をかけて伏せっていて
父が母をのぞき込んでいる
どうかしたのと聞こうとして目覚めた

ホテルの窓から
雪が降る
東京の街を見下ろす

降りしきる雪が視野を遮り
夢のような記憶のなかへ誘われる
ぼくは空襲で焼け野原になった
故郷のあの夜のことを思い出していた
迫ってくる火の手を見ながら
さっさと逃げろ
父が大声で僕らに怒鳴り
僕は両親も姉のこともすっかり忘れて
弟と手をつないで必死に走った

七十年の歳月が流れたが
あの日を忘れないために
いまだに一人芝居を演じて
人間がいかに時代に流されていったか
語り続けている

がらんどうは歌う

だれもが通り過ぎるだろう虚と無
あまりにきびしくしかも甘い心のゆらぎ

雪が降る
天から降りる白いものは
ひとを静かに
記憶の塔の
取り戻すことのできない
高みに吸い上げていく

















| 東光寺山博物誌 | 18:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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冷え込んだ朝に

ひとがだれかと出会うのは
偶然のようだが
挨拶を交わしてそれっきりという
行きずりではなく
その後の人生に
大きな影響を及ぼす
出会いもある

生まれ落ちた自分の生家は
選択を許されない宿命には違いないが
ひとは長ずるにつれて
巣立ちする小鳥のように
羽ばたくようになってくるのだろう

だれかと出会うということは
いのちを統べる大きな意志の媒介かも知れない

閉じこもってしまうひとや
病気に逃げ込んでしまう
いかにももろいひともたくさん知っているが
どんなひとにも
自分を変革できるような機会が
見えない源流から流れてくる

ぼくが抱き続けていまだよく分からないのが
ひとは何故そこに住んでいるのか
なぜぼくはここにいるのか
はじまりはどこにあったのか
という素朴な疑問である

1976年の桜の季節
観心寺の如意輪観音のご開帳日に
門前の阿修羅窟で出会った
丸山博との出会いも
束の間の挨拶に終わっても不思議ではなかったが
話し込んでいるうちに
その後の僕の人生を大きく変革する出会いだった

アーユルヴェーダ研究会と有害食品研究会
ふたつの事務局長を引き受けることとなった出会い
真言密教の沙弥であった僕に
親しくなった師は
君は僧侶だろう
不惜身命なんてこと知ってるよね
などと冗談をいいながら
大きな負担でもあったが
得がたい鍛錬と学習の場でもあったのだ

インド医学や
日本の医学の現状
進歩し続けてるという科学や医学の幻想
ひとが凭って立つ地面の不確かさ
曖昧なものさしを持って尺度とすることの愚かしさ
そういうことを
身をもって学んだ出会い以後の人生だった

楽健法と天然酵母パンを生業としながら
僧侶の本分とはなにか
などと自問しつつ歩んだ後半生

さて
と僕の思考は立ち止まる
これでいいのか
全うしているのだろうか
もっとやるべきことが待っているのではないか
などと自問しながら
インドのマナリ
レーリッヒの終焉の地
ヒマラヤ山系が見える写真を
デスクトップに貼り付けたパソコンに向かって
こんなものを書き連ねている

旅支度は整った
数日間の小さな旅 
福山から東京へ
いまから出かける

mrym.jpg
丸山博先生


丸山博先生の文献・社会医学におけるアーユル・ヴェーダ研究 の現代的意義 丸山博




manariレーリッヒ終焉の地 マナリのホテルからヒマラヤを望む

| 東光寺山博物誌 | 11:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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てふてふが一匹

東光寺に暮らし始めたのは1991年
桜が満開の日にやってきた
その秋に
天涯孤独の捨てられた黒猫を
優しい友人が拾ってきて
僕の腕に抱かせた
黒猫には因縁めいた借りがあって
ぼくは一緒に暮らすことにした

ひとなっこ過ぎるマニスは
ぼくの足にまとわりついて離れず
ぼくは台所で転げそうになって
思わずつよく蹴飛ばした
マニスのこころにぐさっときたのか
哀しげな声をあげて
廊下の隅の積み上げた箱の隙間の
見えないところに姿を隠した
爾来ぼくは
二度とマニスに哀しい思いをさせまいと思った

ぼくが毎月仕事で出かける
数日間の留守をじっとひとりで我慢しながら
二十年余が過ぎた年末に
マニスは息をひきとった

どこの猫を見かけても
マニスにまさる
猫あらめやも
などと思い出す

ときおり魂魄相通じるのか
座敷に小鳥が舞い込んできたり
蛙が座敷に出現したり
蝶がやってきて
頭をかすめたり
僕の腕に羽を休めたり
マニスが走り回ったように
部屋のなかを飛翔したりする

明日からまた
ぼくは毎月の旅に出かける
行ってくるからね
とマニスに声をかけて

東光寺山は
しんしんと冷えはじめて
マニスの小さな墓石も
寒そうに落ち葉に埋もれている




th_R0015221.jpg 東光寺への石段






| 東光寺山博物誌 | 11:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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菩提樹

台風30号が
レイテ島に吹き荒れて
一万人を超える人々が高波に呑み込まれ
夕刊には
瓦礫を後ろに
コップを片手に
渇きを癒やすいっぱいの水を待っている
頭からコートをかぶった少年が
写っている

レイテ島は
大岡昇平のレイテ戦記を読んだほか
知るところはなかったが
戦跡の気配もない南の島に
営々と積み重ねてきた
人々の暮らしが
台風一過で失われた

ぼくは幸運にも
空爆の下を駆け抜けてきて生き続け
恐るべき天変地異にも遭遇せず
他界のこととして
ニュースを眺めて生きてきた

世界のだれもが
食いはぐれのないように
そんな世界を
どれだけ多くの良識が望んだことだろうか

時代は冷酷に時を刻み
毎日のように
世界の悲惨が届けられる

こうして明日がまたあるように
いまを生きているのは
とんでもない間違いではないだろうか

ひとはどうあるべきか
などという真剣な問いを
いつの間にかどこかへ置いてきて
がらんどうは歌うなどという芝居を演じたりしながら
私は平穏ないまを生きているのではないか
これでいいのか

そんなことを考えながら
冷えはじめたので
霜にやられないようにと
庭の菩提樹の二鉢を
本堂前の庇の下に移す
今年は菩提樹にたっぷりの水をやったので
挿し木を試みた菩提樹も
ぐいぐいと成長して
鉢から長い毛根がはみ出していた



R0015322.jpg








| 東光寺山博物誌 | 19:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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友達の木

お坊さんの話は法話というが
ぼくの話を聞いてくれるひとは
法話などとは思っていないことだろう
などと思いながら
各地で話をきいてもらっている

ひとはだれでも未知の考えを知りたがるもので
ずいぶん長い年月の人生経験を経てきても
生きるにはまだまだなにかが不足している思いがあって
未知なるものを求めるのか
道を求めるからか
未読の本に手を伸ばす

書物は人生の暗緑地帯に生える樹木で
そこに身をおくと心が安らいだりするのだろう
読書家には書物と無縁の人生など想像もつかないのだろうが
こころの糧とはいいながら
毎度のメシほど確実なものでもないのに
書物の森に身を置きたがる癖がある

鴎外は妄想という短編のなかで
読書で多くの師には会ったが主には会わなかった
と書いているが
書物はかぶれるために読むものでなく
かぶれない精神を涵養するために読むものだろう

大きな樹木
緑陰の下で読書に耽る
そういう人生ののどかさがのぞましい
ないものねだりのように
なにかを得ようとして
むさぼり読まないほうがいいのだろう
そんなことを考えながら
庭の大きなクロガシを見上げると
無数の木の葉の葉擦れの音が語りかけてくる

私はよく話しのなかで質問する
あなたには友達の木がありますかと
そんな質問をすると
たいていの人がきょとんとしている
ぼくには友達の木があちこちにたくさんある
クロガシ ユリノキ ポプラ ほかにもいっぱい
見る度に声をかけたくなる樹形のいい友達

みなさんは町を歩いていて
いい木だなと思ったら
さっそく友達になりなさい
声をかけると
友達の木は応答して元気をくれますから
などと

小学生のころ
ポプラの葉をちぎって葉をむしり
葉柄を残して
胸ポケットにいっぱいいれて
葉柄をクロスさせて切り合いをする
そんな単純な遊びを
夢中でやったりしたものだった
葉脈をむしりとるときのポプラの匂いは
いまもあざやかに覚えている

木はぼくの人生の伴侶だった
厳密には木ではなく
材木というべきだが
家具作りの職人だったぼくは
木の癖も性格も知り尽くして家具を作った
どれほどたくさんの樹木を
この手で家具にしてきたろうか

材木を扱っていても
この木がどんな立ち姿で生きていたのか
知るよしもない
材木になれば
何の木か言い当てられるのに
木の肌も葉の形も知らないでいたことに気づいて
ぼくは自分の半端さに愕然としたことがあった

ぼくは木と友達になり
共に暮らすようにもしている
今年の夏は雨がすくなく
東光寺山のユリノキはかなり葉を落としたが
友達らしい風格で立っている



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東光寺山のユリノキは10年ほど目に自生の苗をもってきてくれたひとがいて東光寺山の斜面に植えたもの。

| 東光寺山博物誌 | 12:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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共生浄土

お盆には
東光寺のただ一軒だけの檀家さんに
今朝ほどお参りしてきた

八月はパン工房もお休みにするので
開腹手術からかなり立ち直ってきた家内も
暑いから止したらというのに
昨日ほど蒸し暑くないし
木陰だから掃除が気持ちがいいなどといって
庭の枯れ葉を掃き集めている

朝には
玄関の外灯を目指して
カブトムシが飛んできて群れていたりすることもあって
それを目当てに
東光寺山へあがってくる子供たちもいる

昨夜は座敷へ痩せたトンボが飛来してきて
コサナエトンボだと思うが
ひとしきり部屋を飛翔してから
見えなくなった

寝ようかと思って
布団に横になったら
にぎやかな羽音がして
熊蝉が枕元に置いてある碁盤に止まった

これはいかんと
素手で捕まえると
蝉の声で大騒ぎをした
そっと廊下の網戸を開けて放すと
ジッツーとなきながら闇夜に飛び立った

布団に横たわってしばらくすると
台所に何かが落ちる音がして
羽音がやかましい
また電気をつけてしらべてみると
雌のカブトムシが
仰向きになってもがいている
こいつは起き上がれないんだよなと思いながら
手で掴もうとすると
手足の棘が痛くて素手では敵わない
台所のおたまで掬って闇夜の庭に出してやった

目覚めて
台所の明かりをつけると
昨夜のトンボが
蛍光灯の端っこに止まって眠っている
こんなふうにトンボが眠ることを教えてくれたのは母で
ぼくが五歳のころ
目まいをさせてトンボを捕まえようと
人差し指をぐるぐる右に回しながら
トンボに近寄っているぼくを見て
通りかかった母が
眠ってるんだからそんなことしなくてもといいながら
ほら!と造作なく捕まえてくれた

今朝のトンボも熟睡しているらしく
羽をもって捕まえても動きもしない
脚に触れると
にわかにじたばたした
網戸のそとに放してやって
今日のいちにちがはじまった

檀家にお参り
帰ってから
床の間の生け花を眺めながら
ゆりのきのお香を聞く
山帰来は水切りなどしなくても
けっこう長持ちで
なまけものの生け花には似合ってる



sankirai

| 東光寺山博物誌 | 12:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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