東光寺の日々

東光寺の暮らしのなかから創作される、詩歌や散文。

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

Shyan Kishore in full moon

月が満ちるとき
潮が満ちて
ひたひたと風に揺れる
波浪の上を
黄金の鳥が飛んでいく

額の内側に
意識をひたっと合わせて
唇から吐くともなき意識が
音を作りだし
羽衣のような音色が
月に向かって
流れていく

遠くから旅をしてきた
孤独な男と女が
満月の下で結ばれ
綾なせる思いが
銀の糸となって
月に届く

月を背に
踏みしめてあるく
ふたつの
真っ黒の影が
浜の真砂に焼き付いて
波浪が走ってきても
影は
消え去ることはない

満月の下で
潮は満ち
月が背を見せ始めると
笛の音を
闇が吸いこんでいく


シャイアン・キショールの笛 youtube

images.jpeg
スポンサーサイト

| 未分類 | 16:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

宇宙

宇宙はひとつ 
地球もひとつ 
地球上の
国家はたくさん
国家のもつ多様な世界
多様な宗教
それらの国に生きる
多数の人々は
ひとりひとりの世界をもち
ひとりひとりの世界は
宇宙よりもひろく
過去未来に通じているが
それを知らず
いまをただ生きてあるかのごとくだ
戦争の20世紀には
かくてはならじと理想をもった思想もあったが
すべて挫折し
見殺しの時代21世紀
索漠たる世界に
人々は呻吟している
地は震え
風は吹きすさび
杜の木々は
こともなげに揺れている


IMG_5768.jpg

| 未分類 | 22:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

さむはら

さむはら


さらばとも言わずに
むこうへ行った人
はらはら花散る季節には
らんぷを灯して眺めてる

さよならだけが人生と
むかしの人が書きました
はたしてそうか試さんと
らっけんほうをやってます

さむはら神と向き合って
おんさんばらさんばらうん
今朝の挨拶です


| 未分類 | 14:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

空の海

晴れた空には
虚空があるかに見えるが
曇天が覆い尽くすと
空には
海が浮かび
雷神が首を振ると
海の底が抜ける
底が抜けた空の海から
巨龍のように
のたうって
地上に落ちてくる海
山は崩落し
川は氾濫する
海から津波
空から洪水
地底からマグマ
日本列島
近未来


IMG_0030.jpg

| 未分類 | 11:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

夕暮れに

夕方はぼくの泣く時
いちにちが
死んでいって
真っ暗闇が
待っている

まいにち
それが繰り返された
少年時

火鉢池のメダカが
夕べのうちに
消えてしまって
なんの気配もない
水草の茂みを
見下ろす

夏風邪で
喉が痛いが
今朝は勤行で
声明をあげた
夜闇に消えていった
蛙とメダカを
思いながら

| 未分類 | 05:08 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

トンネル

田園に点在する
黒い甍の家や
小山
藪木立
晴天をかい潜って
ズボッと闇に飛びこみ
トンネルを抜ける
色とりどりの瓦やビル
大和川の流れが
わずかの間
光って
視野から失せる
車内には
スマートフォンが目立ち
かく言う私も
iPhone6プラスで
これを書いている
布施
次が鶴橋
幾たび往復したか知れない
近鉄の路線の
優先座席は避けて
車内詩を
アップする

| 未分類 | 10:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

徳島へ行く

今日は
四国へ渡る
阿波の国
徳島は生まれ故郷で
眉形に見える
眉山の裾で
七十九年前
私は生まれた
故郷には
私の記憶のなかで
一家で放浪した悲惨が
いつも巣食っていて
汽車の窓から
振り返るように
もう見ることもあるまいと
思いつつ眺めた眉山が
いまも記憶のなかに
そのまま見える

母が死に
父が死に
二人の齢をとっくに越えた私が
生きていて
ハンドルを握って
いまから走る
徳島の眉山の懐へ

おまはんひろちゃんでないで
どないしとったん
こどものときのままやねえ
おまはんちっともかわらんでえ
いまなにしよんで

徳島訛りのきつい
従妹の声が
間も無く
聞こえるような気がする
そんな肉親は
一人もいなくなってしまったが

出発





| 未分類 | 13:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

おお大地よ


光があって
認識しているもの
闇を経て
そうかと納得出来るもの
あるのに無いと思ってるもの

ひとは神を創造し
その神が
無空から大地を作り
土や塵から
ひとを創造したと想像した

その神は人間を護ってるのか
人間こそ創造した神を
守らなくてはいけないのだ
神の作りたもうた大地
サンクチュアリィを汚したりしないように

白砂青松の景観を遮るような
巨大な防潮堤を作ろうと考える
被災地の行政に
抗議の署名活動があって
iPhoneのボタンを押したりする

巨大な津波を
感動してみんなで観察出来る
安全快適な生活空間を計画する
そういう計画を立てるような
愉快な政治家が出て来ないだろうか

私はいま
この時点に活かされていて
ひとが歳月をかけて作り上げた
飛行機や新幹線や地下鉄に乗って
iPhoneを開いたりしながら移動している

地下鉄の轟音に包まれて
下車駅を気にしつついまこれを書いている
詩はだれの役にも立たないか
立ち上がった私の背後から
神が微笑しながら読んでくれている



| 未分類 | 17:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

書く


いい詩
暗い詩
明るい詩
詩を書きながら
泣いてます

たとえ昨日がなくっても
明日という日がなくっても
万年筆は過去の枝
マウス握って右左
いまこの瞬間に生きている

詩人の瞳輝いて
たとえ現実暗くとも
虚構に描く詩のなかで
可能性の感情を
胸に感じて書いている



| 未分類 | 09:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

家族の肖像

今は昔
雨漏りがする平屋の家屋が
二階建ての家に挟まれて
身を竦めるように建っていた

家には
物心が付いたばかりの
幼い男の子がいて
姉がいて
父と母がいた

こうした家にも
節気には仕来りがあって
年の暮れには
座敷の棚に
柳のふた枝が結び付けられ
紅白のピンポン玉のような餅菓子が飾られ
滅多に冗談も言わない父が
それを作り眺めては
黙って主の定位置に戻っていく

親父というのは
雷が形容詞についていたものだが
わが父も
時々は雷火となって
家族を翻弄する

かくあるべしという
一筋の信念に
妻や子のざらっとした不用意が触れると
火を噴くことになるのであろう

小柄な痩せた男の
どこに潜んでいたろうかと思うような
エネルギーが
小さな家の屋根まで吹き飛ばしそうに
破裂するのである

神も仏もいないと確信しながら
神棚に餅を供えたり
注連飾りをつけるのは
身についた習俗ゆえであろうか

僕は父の死んだ齢を越え
かつて父が苦しんだ宿痾を
遺産に貰ったので
昨夜も羅音と咳に目を覚ました

父母の恩
重きこと限りなし
理屈でわかる人の有り様と
生身に受けた
雷雨の記憶がせめぎあっても
思い出すのは
小柄な男が
居間にちんと座って
私を見ながら微笑している姿である





| 未分類 | 13:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

心臓

心の奥には
こどもの見る夢のように
捉えがたいものが
心音のように働いていて
ぼくをつき動かす

夢は
月を串刺しにして
いくつも空に
浮かべている

| 未分類 | 06:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

無患子の歌

毟られた無患子の苗木の先端から
三センチばかり伸び始めた新芽を確かめて
水曜日から月曜日の夜まで
東光寺を後にした

福山経由で上京し
東京のふたつの講座を無事すませた
美味しんぼの原発鼻血の感想なども質疑にあがって
いまの時代の空気では
たぶん敵視されそうなラジカルな発言をしたりする

いま風評被害さえながさなければ
必ず起こるであろう未来の悲惨には
見ざる言わざる聞かざるの民であれかしと扱う
意識の低い政治家を選んだのも
民そのものであって
お前の敵はお前なんだということに気づかないまま
隣に暮らしている非力者同士が
いがみあったりしているのである

無患子の芽が
どれくらい伸びたろうか
などと思いながら
東光寺へ帰った

日没の遅くなった昨日は
七時半ごろまで明るかったが
すっかり暗くなった八時過ぎに帰った
本堂前の無患子に
車のキーに付けてある小さな懐中電灯を向けると
無患子の芽は
三本の長い枝のように
腕を広げていた
たっぷりと手水の水を杓で掛けてやって
お休みと声をかけ
庫裡の戸を開けて部屋に入る

ずしんと身体の芯に疲労感があったが
無患子の伸びた様子が
心に新芽を萌えさしている

今夜は
ぐっすりと
安らかに眠りにつけそうだ
有り難うおやすみと
だれにともなくいって眠りにつく


DSCN0850.jpg
毟り取られてから三週間後に伸び始めた新芽、5/14撮影


写真 1
伸びてきた本堂前の無患子 5/20撮影

写真 2
無患子の手首用数珠 これを入手したのが無患子を植樹するきっかけになった






| 未分類 | 09:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

二上山

夢のなかで
繰り返し訪れる場所があるのだが
一度も行ったことがないのは確かな場所だ

どこかの家屋の前にぼくはいる
冬なのだろう
小さな日だまりに
蹲って
地面に棒きれで線を描いている
知らないこどもがいて
やがてぼくを見上げて
これでいいだろうかという
ぼくが頷くと
絵を残してこどもは走り去り
ぼくはその絵を眺めている
一本の線がどこにも交わらず
迷路のように描かれていて
その線を目で追っているうちに
いつしかぼくは
その迷路に入り込んで彷徨っている

ここはどこだろう
出口はどちらだろう
永遠に出られないのではないだろうか
あせりながら
迷路を遮二無二駈けていると
手足がスローモーションになって
ふわっとからだが宙に浮かんで
すとんと落ちる

あっ夢だったんだ
とあたりを眺めてみると
そこは山道で
風が木の葉を鳴らす葉擦れが聞こえ
足元に陽が差してくる
夕陽がまもなく落ちるのだ
ぼくは茜の大きな太陽を凝視める
太陽はぐるぐると光を右回りに渦巻きながら
二上山の窪みに沈んでいく
暗闇が山に覆い始めたところで
夢から覚める

あそこはどこなんだろう
迷路が待っている
夢なじみの
見知らぬ場所は

一昨日叡福寺へ久しぶりに行った
西方院の坂道の上に立って
目線で坂を下り切って
そこからは登りになる
叡福寺の石段を眺めていると
不意にそんな夢のことを思い出した

東光寺山から
眺めている夢のなかの夕陽は
ちょうどこのあたりへ
落ちてくるのだろう



東光寺山の路

| 未分類 | 00:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

存在と時間

黒猫の歩みのように
闇が
霧が張ったように
本堂に立ちこめはじめると
花を持った少女が
仄明かりに
浮かび上がり
時間を止めてぼくを見下す

今春
また誕生日がやってきて
思いがけない場所で
ケーキを出してくれたひとがいて
ローソクの灯りを吹き消したりしたが
秒針のセコンドのリズムに乗って
ぼくは現在を生き
自覚しない変化の乗り物で
どこかへ運ばれている

時間はいつも
謎の女の微笑のように
ぼくを悩ませてくれるのだが
まいにち生きて
なんじゅうねんも
きのうの続きを生きているだけのぼくに
赤い花をもった少女は
問いかける
あなたは何者か
どこから来て
どこへ行くのかと
だれも解き明かしたことのない
存在の不可思議を
ぼくに問いかけるのだ

きれいはきたな
きたなはきれい
だれもがふたつの影をもち
あらゆるものは坩堝のごとき
この世に存在する

少女が
両の手に捧げ持つ花は
やがてしおれ
闇に落ち
地下に消える

1970年
ぼくの誕生日に
西宮の彫刻家
渡辺宏のアトリエにいて
十人ほどで
氏の快気祝いをしていた

不意にお経が聞きたくなったぼくは
同席していた僧侶に
無理を言って声明を聴かせてもらった

その刻限に
30歳の義弟が
三人の幼子を残して
交通事故で死亡していた

渡辺宏さんの個展に
制作された作品を
黒猫がらみのお世話をした謝礼にともらったが
素材の樹脂が発する臭いが強く
身近に置けなかったので
二十年以上も
本堂の庇の下に
落ち葉に埋もれながら
寝かせてあった

一昨年
夢に少女が現れたので
ぼくは下ろして少女にまみえ
まだ樹脂臭が抜けないので
ブロンズに置き換えて
本堂の柱に安置することとした

彫刻の師であるだけなく
時間も気分も共有した
懐かしい思い出を花に託して
切り取った曼珠沙華を
少女の両手にもたせる
 
なぜここにあるのか
意志をもった
時を共有する一個の存在として
ぼくが向き合うとき
時は
漣のようにゆれながら
闇をつつみこむ




th_P1030224.jpg
ひとり芝居「がらんどうは歌う」公演の本堂


P1030222.jpg
花を持った少女が 仄明かりに 浮かび上がり 時間を止めてぼくを見下す

| 未分類 | 09:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

猫の一族

本堂に入り込んだ猫のことを書いたが
扉の隙間を小さくするのは
共生浄土に反するのでは
と疑問を呈する友人がいた

毛だらけの座布団に
猫と交互に正座する気にはなれないので
入れないようにするのは
致し方あるまい

たかが猫と思うなかれ
マニスがやってくるすこし前のことだったが
やはり三寸ほど開けてあった隙間から
本堂に入り込んだ猫の一族があったのだ

早朝の勤行をしようと
本堂に入ると
須弥壇に
作り物の招き猫を並べたみたいに
真っ白の猫が七匹
横一列に並んでぼくを見詰めていた
真ん中が親猫で
両側に三匹づつ並んで
身動きもせずにいた

あっと息を呑んだが
黙って経机の前に座って
塗香を使い
印を結び
勤行の鐘をゴーンと鳴らすと
七匹の猫が一斉に宙に浮いて
四方八方へと飛び去って
なかには扉に飛びつく奴もいたが
狭い隙間から
数秒のうちに姿を消した

その慌てふためきぶりには
笑わずにはいられなかったが
なんだか気の毒なことをした気持ちもして
並んでいた真っ白な猫の一族は
本当にいたんだろうかと
奇妙な夢でも見たような気がした

それから間もなく
真っ黒の子猫を連れてきたひとがいて
山のなかの一人暮らし
猫一匹と暮らせないはずもあるまいと
一緒に暮らし始めた
それがいまは亡きマニス・ノアール
一九九一年の春のできごとだった

th_DSCF2786.jpg

















| 未分類 | 21:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ちいさな隙間

本堂の大日如来は
東を向いて結跏趺坐
こどものときにときどきやって遊んだ
忍術使いになってドロンと姿を消すときの
智拳印という印を結んで
荘厳な面持ちで鎮座している

ぼくがマニスと暮らし始めたころ
朝の勤行の時間がくると
マニスは大日如来の結跏趺坐の膝に乗って
ぼくを見下ろしながら理趣経に時折耳を動かしていた

おととい泊まり客があって
朝の勤行に本堂に入ると
いつも敷いてある座布団に
獣の毛がいっぱいくっついていた

本堂の正面の扉を
三寸ほど開けててあるのは
参拝のひとが
覗けば大日如来のお顔が見えるようにだが
時どき出会うあいつが
出入り口にするとは思わなかった
ここで幾日か安眠したにちがいない

痩せこけた虎模様の猫で
不意に遭遇しても
あわてて逃げないで
距離をおいてぼくを観察したりする

昨日は寄ってくるかと呼んでみたが
信ずるに足りないという風に
きびすを返して逃げてった

毛だらけの座布団に
掃除機を持ってきて吸い取ったが
かつてはマニスの大好きな場所だったところには
近寄った気配はない

見下ろしている
ブロンズの少女像を
猫は見上げたかどうか

ぼくが沖縄へ旅をして
帰ってくるまでの数日を
本堂に入って座布団に眠っていた猫がいたことを
ぼくは微苦笑しながら納得した

でもここで
やつに暮らすつもりになられてはかなわない

本堂の扉の隙間を
ネズミなら通れそうなほどに
ぼくはちいさく閉めなおした


th_P1030222.jpg






| 未分類 | 17:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

木蓮

東京の水道橋のホテルで
後楽園球場のドームを眺めながら
これを書いている

桜の花が終わったころから
クロガシや楠の落葉の季節がはじまる
東光寺の石段も庭も
隙間なく落ち葉が覆ってしまう

石段から見上げる緑のドームが
葉を落としたあとには
暗い色から
新緑色に変わっていく

掃いても掃いても追っつかないのだが
日に一度は竹箒で掃除をする

東光寺で暮らすまでは
落ち葉は秋のものだと思っていて
春にも
落葉の季節があるなどとは思ってもいなかった

これは落葉にはちがいないが
新緑への衣替えである

裏山のクヌギやコナラのように
葉を落として裸木になるのではない

郵便屋さんがやってくる山道にも
クロガシが両側に茂っていて
落ち葉が山積し
通せんぼうするかのように
新しい枝が伸びてきて顔を叩いたりするので
剪定鋏をもってあるき
道に伸びてきた枝を払う

ここで暮らすまでは
大阪の殺伐とした家並みに過ごしていたので
こうした自然の営為を
ほとんど知らずに過ごしてきたのである

赤い木蓮が花ひらき
数日前にこの写真を撮ったが
あすの午後に帰ったら
花は地面に花弁を残して
落ち葉とともに地面にあることだろう





  木蓮

| 未分類 | 08:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。